ちくちくと体を刺すのが茨だったら格好がつくのだろうか。いいや、それは厨二病を拗らせてるだけだ。
だけど茨の道を歩いている気分にさせてくれる枝は地味というか。枝の道って、なんだかすぐにへし折れそうというか。いやまあ枝も普通に痛いんですけども。
太い樹、細い木、育つ雑草に萎れた花。攻撃してくる細道の枝。あたしたちは暗い景色に紛れる自然の中を、ひたすら歩いていた。
木と木の間を通るということは、細い道をね、通らなきゃいけないわけでして。つまりですね、ポンチョがあたしの行動を妨げる訳でしてね。ちょっと動いただけで枝に引っかかるのが、中々に腹立たしい。
てなわけで、裾をお腹の周辺で縛り上げることにした。……見栄えはかなり、悪いけど。
「っ!気をつけろ、何かいる」
うおぅ、なんだ。枝ばかりに意識を取られていたあたしは、前を歩くミラの注意に焦った。
あたしたちに呼びかけると、ミラは剣の柄を握る。ただ何かいる、と言われても分からない。まだ気配については勉強中なの。
だけれど、場所的に分かってしまう。ここは……。
そう思いながら、あたしも腰で揺れる刀を手に取った。どこから出て来るのかと警戒していると、前方の草村をかき分けて大樹の魔物が姿を現した。
やっぱり間違いない。確信を得たあたしは真っ先にエリーゼを自分の後ろに避難させた。
今から何が起こるか知っているからこそ魔物から距離を取り、前に出ちゃダメだよとエリーゼを傍に置く。付き過ぎず離れ過ぎずで、彼女を守らなくては。
瞬間、魔物は枝のような腕を大いに振るい、地面を叩いた。大地を揺らす衝撃は前衛の三人へと打撃となって伸び、一斉に攻撃を食らう。じりじりと響く圧に、顔を歪めた。
「こいつ、攻撃範囲が広い……。全員がダメージを食らっちまうぞ」
「やっかいだな」
攻撃を避けるにしても、避けてばかりでは倒せない。せめて輝羅の詠唱の間だけでも埋めなければ……と、あたしの前に立つ三人は魔物の出方を窺う。
ここはあたしが一発精霊術を放てばいい。意識を集中させた瞬間、あたしの隣で戦闘を見守っていたエリーゼが前へ出た。
「っ、エリーゼ!」
前に、出ちゃダメだ。という言葉は喉を通らず、あたしがエリーゼから目を逸らした瞬間に、避けたかった出来事が起こってしまった。
前に出たエリーゼを見たジュードくんは慌てて後ろに振り返る。その隙をついて、魔物がまた大きな手を振り上げた。
地面を叩く腕のような木。突然の衝撃と自身の余所見からジュードくんは防御の姿勢に入れず、そのまま突き飛ばされてしまった。
「う……」
「ジュードくん、大丈夫?今、回復する……」
守るために傍に居てもらったのに、意味がなかった。
変えられなかった現実に焦ったあたしは地面に叩き付けられたジュードくんに近づき、痛む体を癒そうと手をかざす。
とほぼ同時か、エリーゼも近づいて来た。ジュードくんがこの場に居ては危険だと声をかける前に、エリーゼは目に涙を浮べながら地面に手を当て、魔法陣を描く。
──精霊術。それも治癒術だ。周辺に咲く暖かい光はあたしたちを包み込み、ジュードくんの打撲と擦り傷を癒した。
「これは、みんな一斉に……!?」
「元気出して!ぼくたちがいるよー!」
エリーゼが治癒術を使ったと身をもって知ったジュードくんたちは、年端もいかない少女とは思えない膨大な力にただ驚く。
エリーゼと、その隣で浮くティポが言うけど、あたしは喜ぶに喜べない心境だった。
だって、エリーゼが精霊術使えるのは増霊極のおかげでしょ?いくら普通より副作用が少なかったとしても、使ってほしくないと、思ってしまう。ウィンガルのあの姿を見ているから……尚更。
あたしは表情を曇らせてしまったが、すぐに振り払い、刀の柄を握った。
それからすぐに魔物を倒せたあたしたち。同時に抑え込んでいた悲しみを顕にしたエリーゼが泣いてしまったため、戦闘が終わったあともその場に立ち止まっていた。
エリーゼの涙は魔物と戦って不安だった……というのも含まれてると思うけど、一番悲しかったのは……
「エリーゼ、もう恐くないよ」
「ちがうの……」
「仲よくしてよー。友達は仲よしがいいんだよー!」
ミラとジュードくんが、喧嘩をしてしまったこと。二人にとっては喧嘩じゃなくても、エリーゼにはそう映ってしまった。
二人ともエリーゼの友達だから、友達が喧嘩をするところなんて見たくない。友達同士の喧嘩の間に立たされると尚更、自分がどう間に入ればいいか、動けばいいか分からなくなるというか。
エリーゼの想いはあたしにもよく響いた。仲良くして欲しいという願いからの、涙だと。
「わたし……邪魔にならないようにするから……、だから……」
エリーゼはポロポロと零れる涙を拭いながら、涙によって上手く喋れない口を懸命に動かす。
見かねたアルヴィンが、エリーゼの涙の原因である一人、ミラを見た。
「……だってさ?エリーゼに免じて許してやれば?」
「免じるも何も、別に私は怒ってなどいないが……」
「無自覚って罪だよね……」
意味が分からないと言ったばかりの表情を浮かべるミラ。そんなミラにエリーゼの涙の理由は一応あなただよ、と間接的に伝えてみるも、それでも理解は得られなかった。
ミラを見てまだ怒りが冷めないと思ったらしいエリーゼは、頑張るからと強く主張する。
威圧的な態度を取った自覚がないミラは「いつの間にか私が悪者か」と感じたことのない感覚に微笑んでいた。
……なんだか、鈍感と鈍感の食い違い……みたいになってるけど、まあ、丸く収まるんだったら、それでいい。
すると目の前にいるアルヴィンが、ジュードくんとミラの肩をがっしりと組みとった。
「ほれ。エリーゼに言うことあるだろ?」
「心配かけちゃってたんだね。エリーゼ、ありがとう」
「やっぱり友達はニコニコ楽しくだねー!」
「ミラもエリーゼの術があれば頼もしいでしょ」
「ありがとうエリーゼ。これからはアテにするぞ」
友達として頼られていると感じたエリーゼは、ミラの言葉に満面の笑みを見せる。ジュードくんとミラが仲直りを純粋に喜ぶ笑みに、あたしもほっとした。可愛い女の子は、やっぱり笑うともっと可愛い。
けど、一つだけ、心配事は消えない。ふと青白い顔が思い浮かんで、あたしは水を差すようにエリーゼに話しかけていた。
「で、でもね、エリーゼ。無理は……しなくていいからね?もし疲れたら……」
「輝羅?何故そんなに慌てている」
「べ、別に慌ててないよ!心配なだけ!」
「ありがとう、輝羅。でも……大丈夫ですよ」
あたしの心配に、深い意味なんてない。そう思わせるしかないから、あたしは微笑んだエリーゼを見てそれ以上は何も言えなかった。
でも……まあ、とりあえず今はこれくらいにしといて、こまめに体調の良し悪しを聞くのが、一番かな。あたし嘘下手だし、変に思われちゃいけないしね。
どう足掻いても、あたしはやっぱりウィンガルと重ねちゃうよ。
今の戦いでエリーゼの戦闘への加入が決定した後、あたしたちはまた樹界を抜けるため歩を進めて行くのだった。
もうそろそろ出口だろうかとか、木に囲まれているとどこを歩いているのか分からないよね〜だとか、折角なんだし太陽が見たいよね〜なんて言葉を交わした、直後か。ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえて、はっとする。
この音をあたしたちは知っている。入り口で見た狼が再び現れたのを見て、確信に変わった。
「こいつら……」
「今度はやる気になったようだな」
「どこからでもかかってこーい!」
ここは、イベントの場所。ジャオと戦闘になる場所だ。
狼を警戒する皆と違い、あたしは気を引き締めなきゃと別の気を張る。と同時か、木々の影からジャオが姿を現した。
一瞬だけ合った目が、無事に侵入できたんだなと安心を見せた気がした。ジャオの目は開かれることはないから、憶測だけど。というより、侵入はあたしの功績ではないのだけれど。ではなく。
あたし以外の皆はジャオが樹界にいることに驚いていた。しかもジャオは驚く皆と会話をする前に、狼に見つけてくれた礼を言う。
魔物と話す様はあたしにとって当たり前の景色……だけれど、皆は違う。さらに驚く事案だった。
狼に礼を言った理由。自分たちを見つけ出した意味。全てを感じ取ったジュードくんが、誰よりも先に声をかけた。
「あなたはジャオさんですよね」
「ん?お前さんたちには名乗っておらんはずだがのう」
「ハ・ミルの人たちにな。んで?どんなご用で?」
「知れたこと。さぁ娘っ子、村に戻ろう」
すっと、エリーゼに向けて差し出される手。アルヴィンの問いに答えたジャオは優しい眼差しをエリーゼへと向けたが、エリーゼはその手を拒絶した。
ジュードくんの後ろに隠れ、ハ・ミルに戻りたくない事を動作で示すエリーゼ。ジャオはどこか悲しそうに頭をかいた。
……なんだか、反抗期になった娘に苦しむ、傷付いた父親みたい……なんて、不謹慎なこと考えるべきでは、ないんだろうけど。
「あなたがエリーゼを放っておいて、どうなったと思ってるんですか」
「……すまんとは思っておる」
「お前は、エリーゼとはどういう関係なんだ?」
「その子が以前いた場所を知っておる。彼女が育った場所だ」
「なら、彼女を故郷に連れて行ってくれるんですか?」
繰り返される質問と返答。だが、最後の言葉に、ジャオは俯いてしまった。俯いた頭と沈黙が言いたいのは、エリーゼには連れて行ける故郷がないからなのか、それとも純粋に、彼女を管理しなければならないからなのか。
過去を知っているからこそ分かる話だが、どちらにせよ、ジャオはエリーゼをハ・ミルに連れ帰り、閉じ込めることを表していた。
真実を明かせないジャオは、俯いていた頭を勢いよく上げた。
「お前たちには関係ないわい!さぁ、その子を渡してもらおう!」
圧を感じても、ジュードくんたちは引き下がらなかった。あたしも、この場に居続けるためにエリーゼを渡すことなどできない。
その意を込めて全員が武器を手に取ると、ジャオも仕方あるまいと、残念そうに大槌を構えた。
ただ、皆に合わせて刀を手に取ったけど、あたしはどう戦えばいいか分からなかった。
恐る恐るジャオを見ればあたしの心情を察して、口角を少しだけ上げて笑う。それが『手加減せずに来い』という意味だと分かり、あたしは詠唱に入った。あたしはあたしの、やるべきことをやらなきゃ。
そうしてあたしが最初に狙いを定めたのは、ジャオが従えている狼。けれど狼を倒すのは銃を使うアルヴィンが適切だと思い、攻撃対象をジャオに変更した。
呪文を唱え、精霊と契約を交わせば、あたしを包む温かい光に満たされた。
「──聖なる雫よ、断罪となりて降り注げ……ホーリーレイン!」
手を掲げ、魔法陣を展開すると、空から矢と化した光がジャオに向かって振り落とされる。一本の矢ならば避けれただろうが、空からは数え切れないほどの矢が振り注ぐ。
ジャオは樹界を埋める大樹並みの巨体だ。避けるのは難しく、ジャオの体はあたしの術によって傷ついた。なんかもう、罪悪感がこみ上げてくる……!
何かを犠牲にしなければ手に入らない現実に心を痛めるも、止めれはしない。
あたしは傷つくジャオを見ても、彼の動きが鈍るまで、詠唱を続けるのだった。
けれどジャオは膝を地面につけることはなかった。エリーゼを連れ戻そうと、どんなに傷を負っても立ち続ける。
ジャオを見て、アルヴィンは困ったように口を開いた。
「おいおい、どんだけタフなんだよ」
「……何故だ、娘っ子。その者たちといても、安息はないぞ?」
「……ともだちって言ってくれたもん!」
「もう寂しいのはイヤだよ!」
安息よりも、彼女には大切な証だった。エリーゼの叫びを聞いて、ジャオは寂しかったのだなと、表情を落とす。
それでもジャオはまだ諦めないと見たジュードくんは、これ以上戦っていては埒が明かないと、逃げる方法を考え始める。
思い付くと、あたしたちに聞こえないよう説明を始めた。
「正直に言おう。わしも、連れていくのは本意ではない。……許してくれ」
ジャオの言葉を聞くと、アルヴィンは彼に銃口を向ける。
戦う意志だと勘違いしたジャオはやめておけと首を振るが、アルヴィンはジャオの隣に立つ木の根を幾度も撃ち抜いた。
木は崩れ、崩れた木は隣にあったケムリダケに刺さり、胞子を撒き散らす。
ケムリダケが撒き散らした胞子を煙幕代わりにこの場を切り抜ける、というのがジュードくんの作戦だった。
あたしたちはケムリダケの胞子が舞っている間に、口を抑えてその場を離れて行った。
あたしは、ジャオとすれ違う際に彼の体をぽんっと叩く。
軽く治癒術を掛けると共に、何度も傷つけてごめんねという気持ちを込めて。
「……輝羅。おぬしは本当に優しい子だのぅ」
ジャオから逃れるため走るも、あたしたちを追いかけて来る草の音は聞こえなかった。
だから、ジャオの言葉があたしに届くことも、なかった。
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