あたしがリーゼ・マクシアに来て数ヶ月の月日が流れていた。
そしてついに、この日がやって来た。
「てなわけで、初ニ・アケリア!」
ワイバーンに乗ってソグド湿道へ行き、そこからニ・アケリアに到着すると、あたしは誰かに言うわけでもなく両手を広げ、声を上げた。
ここにアグリアを除いたア・ジュールの皆で来るってことは、どう考えても本編が始まったと言うことですよね!そうですよね!
つまりジュードくんたちに会えるんだよ!できれば同行したいけど……同行する理由がないし、ウィンガルが許すわけないから胸に仕舞うしかないけど。
ちなみにニ・アケリアに来たのはもちのろんでミラ、というよりはマクスウェルの行動の真意を確かめるため。
ミラの情報は一応アグリアから、あとはキジル海幕でミラと接触したプレザから聞いたんだよ〜という、分かる人には分かるお話。
そういやぁ初めてのボス戦はアグリアだったなぁ……なんて、過去を思い出すおばあさんなのです。
そんなニ・アケリアはあたしが思ってた通り結構な田舎で、畑を耕す人々、牧畜を行う人々など、穏やかな日常を纏う住民たちで溢れていた。
ニ・アケリアは一応ア・ジュールの領土だし、こうした穏やかな生活を見ているとほっとする。ア・ジュールで暮らす人間として、軍人として板についたものだ。
「あ、そうだブウサギ!ブウサギ見たい!」
そして何より、リーゼ・マクシアのニ・アケリアと言えばブウサギ!折角トリップした訳だし、一度でいいから本物を見たかったあたしは欲望に従って叫び、駆け出す。
が、残念ながら今は一人ではない。まずブウサギと戯れるためにニ・アケリアに来た訳でもない。
隣にいたウィンガルにあったり前に止められたけど、あたしの願望にウィンガルが勝つことはない。というか、勝負する前にあたしがウィンガルの意見を振り払った。
これぞ不戦勝と謎なことを考えながら、引き止められる前に突っ走れ精神でブウサギを見に行くと叫ぶ。あたしはブウサギがいる場所へと走り、ウィンガルから逃げて行くのだった。
いやあ……絶対に……怒ってるだろうなぁ。知らんけど……。
……ていうか、世精石だっけ?もうないってことは、今頃ミラたちは社にいるかな?
「あ、いたいた。ブウサギ」
移り変わる景色の中、ブウサギを見つけたあたしは立ち止まり、美味しそうに草を食べるブウサギを見つめる。
もきゅもきゅと咀嚼する姿すら可愛くて、目もくりくりと愛らしい。ふくよかな体は実際に見ても柔らかそうで、触り心地も良さそうに思えた。
もっと近くで見たくて、佇んでいたあたしは身長を合わせるように屈む。触ってみたかったけど、大自然に放置されてることもあり汚れているかなと別の心配事が募った。
まず食事中に触られるのはびっくりしちゃうかなぁ……。
と思っていた矢先、後ろから鉄拳が飛んできた。ゴンッといい音を立てると同時に、あたしの頭ががくんと前に傾く。
……まぁ、誰の鉄拳かは……振り向かなくても分かるんだけど。
「……痛い」
「まったく……。勝手に行動するバカがどこにいる」
「ここにいる」
「開き直るな」
認めても怒りますよね、はい。
そして怒られても移動しないんですけどね、はい。
鉄拳の持ち主、ウィンガルと目を合わせたあたしはもう一度ブウサギに向き直り、じっと見つめる。
殴られても動かないあたしを見て、ウィンガルはため息を零す。仕方のない奴だなと折れた様子を見せた。
「……そんなにブウサギが好きか?」
「うん。すごく可愛い」
あたしもどこかの誰かみたいにペットで飼ってみたいよなぁ……。そんでもってあたしも、名前を付けたい。
四象刃の皆の本名とかどうかな……と、思うけど、今よりもっと怒られそうだ。考えるのをやめよう。
「……そこにいるのは、革命のウィンガルさん?」
うんうん、と一人納得していたとき、後ろから聞いたことのある声が聞こえた。
答えを求めたあたしは自分が呼ばれたわけじゃないのに、ウィンガルと一緒に声の方向へ振り返る。あたしたちの後ろに立っていたのは、
「え、ア……!」
特徴的であり象徴でもある長いスカーフをなびかせる長身の、そしてあたしがよく知る人物が、目の前にいた。
胡散臭げな雰囲気を全面から出している彼、アルヴィンを見たあたしは、思わず名前を出しそうになった。が、頭文字が漏れただけで、なんとか抑えられた。漏れてる時点で抑えれてないだろ、とか思っちゃダメです。
こんな風に驚いてしまったけど、ここはリーゼ・マクシアなんだし、本編に入ったわけだし、アルヴィンが出て来るのは当然だよね……。
でもまさか顔を合わせることになるとは思ってなかった……せめて合図を頂戴……無理な話だろうけど……。
抑えたといえ、完全に言葉には出した。
バクバクと叫ぶ心臓を静ませながら二人を見ると、ウィンガルはもちろん、アルヴィンも驚いていた。
自然と視線が集まり、アルヴィンは警戒を解こうと微笑む。
「どうかしたか?お嬢ちゃん」
「え、う……いえ。その、い、イケメンに免疫がないもので、驚いたと、いうか……」
首を傾げて微笑むアルヴィンに、あたしは分かりやすい嘘を吐くしかできなかった。だって、ウィンガルに声をかけたみたいだったから、質問されると思ってなかったし……。
ていうかイケメンに免疫がないってどんな理由だおい。
もっとマシな嘘があるだろと自分に何度もツッコんでいる間に、アルヴィンはウィンガルへ視線を向けていた。
「……で、違った?」
「……違わないが、名も知れない人間と話すほど暇ではない。他を当たってもらおう」
アルヴィンから滲み出る胡散臭い雰囲気に不信感を抱いたウィンガルは、そう言うとあたしの手首を掴んで退散しようと歩き出す。
けれどアルヴィンはウィンガルのような態度に慣れているのか、飄々とした態度を崩さず「そう言わず付き合ってくれよ」と言ってあたしたちを見逃そうとしなかった。
「俺の名前はアルヴィン。傭兵だ」
「……つまり雇えということか」
傭兵、という一言で何を示すか分かってしまうあたり、さすがというかなんというか。アルヴィンも話が早くて助かるよと、ご満悦な様子だ。
ウィンガルはそんな彼を睨んでいるにも関わらず、アルヴィンは笑うだけ。なんというか、空気重い……。
あとであたしのせいにされそうだなぁと考えている間にも話は進んでいて、アルヴィンは自分が今までミラ……というより、マクスウェルと一緒にいたことなどの情報を渡す。
あたしたちがここに来たのはそのマクスウェルの真意を確かめるため。ならアルヴィンの存在はあたしたちにとって、とても使えるものだった。
それでも、とウィンガルは一瞬悩む。
けどすぐに考えがまとまったようだ。傭兵である以上、順位は金。本当に使える存在なのかは先に働いてもらえば良い。
頭で優先すべきことを組み立てたウィンガルは、アルヴィンにクルスニクの槍のカギのありかを探るよう命令を下した。
ウィンガルの命令を素直に受け入れたアルヴィンは、情報は鳥で飛ばすとだけ伝え、あたしたちの前から去って行くのだった。
去って行くアルヴィンの背を見送った後、恐る恐るウィンガルを見る。あたしの視線に気づいたのか、すぐに目が合った。
「……あ、あたしのせいで……とか思ってる?」
「その物分りが、別のことに反映すればいいのだがな」
「うぐ……。ごめんなさい。でも、あたしがいなくてもアルヴィンはウィンガルと接触してたと……思うよ」
接触仕方までは知らないけどね。
ウィンガルはあたしの発言を意味深と読み取り首を傾げたけど、生憎と詳しく話すつもりはない。
皆の事を知っているのは話したけど、未来を知っていることは言っていないし、仮にそこを言ってしまえば……カギの場所を吐き出さなきゃいけない。
未来に関わるからと、あたしは首を振って誤魔化した。
「……ブウサギはもういいか」
「あ、うん。ごめん」
そういえば、ここにいるのはブウサギを見に来たからだった……。忘れていたわけじゃないけど、思い返せばそうだったと、あたしはウィンガルに頷く。
そしてそのまま、あたしとウィンガルはアルヴィンの報告を兼ね、ガイアスたちの元へと歩き出した。
130403