Prism Transparent

12.気づいたときにはあまりに遅くて

「え?魔物退治?」

それはいつもと変わらない、なんの変哲もない日の出来事だった。
あたしはチキン南蛮巻きを食べながら、『魔物退治』という言葉を放ったウィンガルを見つめる。

そう、あたしは魔物退治に行けとウィンガルに言われたのです。
発作のことがあるから絶対に行くことはないと思っていた魔物退治。
あたしは驚きを隠すことができなかった。

「えっと……、なんでいきなり……?」

とりあえず訳を聞こうと首を傾げると、ウィンガルは話し始める。
どうやら魔物退治に一度だけあたしを行かせるよう、ガイアスが言ったらしい。
訓練ばかりしてても、実戦で役に立たなかったら意味がないからとのこと。
親切で言ってくれてるんだろうけど、なんか切ない……なんて言えない……。

「発作が起きないとも限らない。輝羅は後衛であるプレザの傍につき、彼女を魔物から守るだけでいい」
「あ、なるほど。簡単な役割にしてくれたんだね」

あたしがそう言うと、当たり前だろうと返ってきた。
たしかに、いくら武器が前衛だからって前衛に回る訳ないか……。
ましてや技みたいなやつも使えないし。

「日時は明後日だ。用事などないな?」
「うん。暇人だからね」

そんなこんなであたしは、明後日に魔物退治へ行くことになりましたとさ。





ウィンガルに魔物退治のことを言われてから、二日が経った。
いつもの服装に刀を持ってカン・バルク城を出れば、城の前方にある階段をの先にプレザの姿があった。

「あ、プレザ」

あたしは彼女の存在に気づくと名前を呼び、のたのたと近づく。

「今日はよろしくね。あたし、頑張ってプレザを守るから!」
「ふふ。頼もしいわね」

あたしの言葉にプレザは笑い、その次に何かを思い出したようプレザは「あ、」と呟く。
どうしたのかなと首を傾げていると、プレザはあたしのポンチョの胸あたりを少し摘み取った。

「念のためにって、ウィンガルが」

そしてあたしのポンチョに、見覚えのある小さな花をつけた。

「……なに?これ」
「リリアルオーブよ。知らない?」

お花をじっと見つめているとそう返ってきて、「ああ!」と閃いたようにあたしの顔は明るくなった。
あのくるくる回ってるエクシリアのマーク的存在のことね。

「へぇ、これがリリアルオーブなんだなぁ……。プレザが選んでくれたの?」
「いいえ。私はウィンガルにつけるよう頼まれただけだから。選んだのは彼じゃないかしら?」
「そ、うなのかな……?」

あのウィンガルがあたしなんかのためにリリアルオーブ選ぶのかな?
しかもこれピンク……。逆に色ってあったんだ的な……?

「……みんな集まってるわ。行きましょう」

そしてあたしとプレザは皆が集まっている所へ歩いていった。





どうやら今回の魔物退治の場所はモン高原らしく、あたしたちはその中を歩いていた。
あたりを見る限りかなり広いし、木とかもそれなりに立ってるし、袋に入ったアイテム……えっと、なんだっけ……。
……まぁ、それもないし。
何より街と違って仕切りがないから風がかなり通って寒いのなんの……。
とりあえず、やっぱりゲームなんかとは違うんだなぁと改めて思ったということです。

そのとき、前方で魔物の群れを発見した。
ただ見るからに数が尋常ではなく、それこそゲームで依頼を受けたときの数とは桁違いで、あたしは思わず驚きの声を出してしまった。
百匹は……いないと思うんだけどなぁ。

「あ、あれを……退治するんですよね?」
「えぇ、もちろん。数分あったら片付くわ」

そんなもんですか……?
当たり前のように言うプレザに、あたしはただ顔をしかめていた。

「とりあえず、輝羅は私の傍にいればいいから。わかった?」
「う、うん。頑張る」

あたしはそう言うとプレザの隣に立ったまま、刀を鞘から抜いた。
その場にいる全員が武器を構えたことを確認すると、前衛の人が魔物へ合図を送るよう襲いかかれば、群れていた魔物は奇声を上げてあたり一面に広がった。
いや、これはきっと百匹いるよ!

そう思いながら前衛にいるウィンガルを見てみれば、髪が黒いままだった。
増霊極は使わないんだなと安心してから、あたしは自分目掛けて走って来る魔物へ斬りかかった。

「えいっ!」

力強く魔物を斬り上げると切れ味はいいものの、ぐにゃりと肉が裂ける感覚が手から伝わってくる。
慣れない感覚に刀を持つ腕力が一瞬だけ緩んだのがなんとなく分かったけど、こぼれ落ちないようしっかりと持ち直す。

あたしに切り裂かれた魔物は奇声を上げるとぴくぴく痙攣し、やがて動かなくなった。
とはいえ一匹倒しただけで安心するのははやく、百近く、またはそれ以上いるのだから後衛であるあたしたちの方にも続々と魔物が来るわけで。

「なんか、キリがない感じ……!」

魔物退治って、こんなに疲れるものなんだな……。
軍人を尊敬するよ……。

「輝羅、大丈夫?」
「う、ん……。なんとか……」

体育会系じゃないし、今まで運動してなかったからぶっちゃけてかなり応えている。
だからって弱音は吐いてられないな……!

と思いながら魔物を斬り続けていたその瞬間か、

「っ……!!」

喉に、あの感覚が走った。

(嘘、でしょ……!)

あたしはそう思い、手に持つ刀を地面に刺しては前屈みになった。
その状態を見て、プレザは気づく。

「輝羅!?あなたまさか……!」
「うっ、ぐ……!」

まるで狙ったかと疑いたくなるほどタイミングが悪い。
そうは思うも起こってしまった以上次を考えなければダメで、あたしはとりあえず薬を飲もうと懐を探り、薬を取り出しては胃の中に流し込んだ。

「げほっ、げほっ……」

薬は一応即効性だが飲んだ瞬間に治るものではなく、数秒は待たなければいけない。
そのため安静を保ちながら薬が効くのをひたすら待っていた。

そして発作を治めてる間に辺りを見れば、指定の位置を移動してこちらに援護しに来てる人がいた。
指定の位置を移動したと言うことはその位置には誰もいないわけで、その位置にいた魔物が違う人を襲うわけで。

つまり、完全に隊列が乱れていた。

それは他でもないあたしのせいであって、よく見れば負傷している人もいて。
薬によって発作が治まる頃にはそのことだけが気になっていて、あたしはまだ魔物が全滅していないその場でただ立ち竦んでいた。

「輝羅……?発作が治まったのなら……」
「あたしのせいだ……」
「え?」

プレザの言葉が聞こえないと言わんばかりに身を震わせながら呟く。

あたしが発作なんか起こすから、あたしが魔物退治なんかに来るから。
隊列が乱れるのも誰かが傷を負うのも最悪の状態を作りこんだのも、全部、あたし。

「や、だ……」

いやだ。
あたしのせいで誰かがケガするなんて。
あたしのせいで誰かが死んでしまうなんて。
あたしのせいで、ウィンガルの作戦が台無しになるなんて。

いやだ。
いや……。

「いやあぁぁああぁ!!!!」

あたしが代わりに死ぬから。
あたしが代わりに傷を負うから。
だから、誰も死なないで、傷つかないで。

その瞬間、あたしの体が、一際大きく、そして明るく光ったような気がした。





気づいたときにはあまりに遅くて
121023

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