Prism Transparent

11.君にだけ僕の体温を預けよう

やってしまったんじゃないか、部屋に戻ったあたしは一人思った。

なにをやってしまったのか。
そんなの、先ほどの出来事に決まってる。
今になって深く考えてみれば、あたしはとんでもないことをしたなと思う。
あのウィンガルを怒鳴りつけただけじゃない、この手で引っ叩いたんだよ?これはきっととんでもないことなんじゃないか……と。

「なにやってんだ、さっきのあたし!」

べちん、と自分の頭を軽く叩いて先ほどの自分に罰を与える。
きっと治ったら増霊極を使って追いかけ回されるんだ。
ああああ!恐怖!あたしの中のウィンガルがかなり凶暴化してきた!どのウィンガルが正解ですか!

「これはきっと謝りに行った方が良い!うん、そうしよう!」

ついにパニックになってしまったあたしは、一人でそう納得すると急いで医務室にへと向かうのだった。





医務室の扉に手をかけ、そうっと開けて中の様子を伺ってみれば中に医者はいなく、奥にあるカーテンは端から端まで閉まっていた。
きっとウィンガルが休んでいるのはあのカーテンの奥だろうと、そう思ったあたしは静かにカーテンのところまで歩き、チラリと中を覗いてみる。
そこには予想した通りウィンガルの姿があり、背をこちらに向けて寝転んでいた。つまり休んでいた。

とはいえちゃんと寝て休んでいるのかなぁと気になったあたしはカーテンをカラカラ開くとウィンガルの傍まで行き、そっと背中に触れた。
瞬間、

「ひゃあぁっ!?」

ぐいっと腕を引っ張られ、突然のことにあたしは第三者視点的に乙女な叫び声を上げてしまった。
自分でも気持ち悪い……ていうのは置いといて。

あたしを引っ張ったのはもちろんと言っていいであろうウィンガル。
すっぽりと上半身だけ彼の腕の中に収まる状態に陥っていた。
体勢の意味を理解するとかああっ、と顔に熱が集まるのが分かり、もしかすると顔が赤くなってるかも……とは思うものの、恐る恐る上を見上げてみればウィンガルがこちらをじっと見ていた。

「……輝羅か」

そしてあたしだと分かると、気が抜けたようにウィンガルは呟いた。
多分あたしが静かに入っては突然触っちゃったから、敵なんじゃと思ったんだろうな……でもウィンガルなら医務室に入って来た時点で気配には気づいていそう……。
でもよくあんな素早く反応できるよね……。
の、前に、まず……、なんだ。近い。

「……何をしに来た?」
「……えと、まず……離してほしいです」
「……何故だ?」

距離的にも、触れ合ってる場所的にも心臓に悪くて、とりあえず距離を広げたいなぁと態度で示せば、あたしが何を言いたいのか分かるウィンガルはそう言ってするりとあたしの腰に手を回し、顔をこちらに近づけてきた。
んぎぃえっ!こいつ絶対にわざとだ……!

「ち、近い!近いのバカ!!」

そうわざとだと分かっても冷静に振る舞う余裕という名の免疫などあたしにはなく、照れ隠しで自由が効く片方の腕でウィンガルの顔をぐいぐいと奥へ押し退けるしかできなかった。
だってもう目とか合わせらんないよ!

「……ガキらしい反応だな」

どうせガキだよ。ガキで結構だよちくしょう。
あたしの反応を見て包み隠さず感想を述べたウィンガルは茶番は終わりだと、すぐにあたしの体から手を離した。

ウィンガルから解放されたあたしは小さな悔しさを胸に秘めながらぎこちない動きでウィンガルの元から離れ、近くにあった椅子に座った。
少しだけ、ウィンガルが寝ているベッドから距離を置いて。

「……何を警戒している。最初にも言っただろう。俺は「何回も言わなくてもいいですー!そっとしといて!」

するとあたしの行動に違和感を覚えて……というよりこれもわざとかもしれないけど、あたしはいつか昔に聞いた言葉をもう一度言おうとするウィンガルの言葉を声を重ねることによって遮った。
スカートを押さえながら足をバタバタと上下に動かす仕草が子供じみているのは理解してるけど……でも虚しいったらありゃしないし!

「……それで、何をしに来た」

ふん、と拗ねた顔でウィンガルを見つめていると、彼は半身だけ伏せていた体を起こし、ベッドの上に座った。
そうだ。こんなことをするためにここに来たんじゃない。あたしはそう気を取り直す。

「えっと……、さっきのことを謝ろうかなって……」
「……叩いたことか?」
「うん……。体調悪いのに叩いちゃったなって……」

休ませようとしてたくせに、なに追い討ちかけてるんだよって感じだよね……。

「……たしかに輝羅の分際でと言ったが、俺がそんな小さいこと気にするわけないだろう」
「え、じゃあ……、増霊極使って追い回したりしない?」
「は?」

あたしの言葉に、ウィンガルの表情が理解できないと言わんばかりに歪む。
いや、うん、そりゃそうだよね。いつ追い回すって言ったって話ですよね。
自分で言っておいてあれだけど、変なことを言ったなと気づいたあたしはなんでもないと首を振った。

それにしても……

「増霊極使ったあと、やっぱりツラい?」

さっき自分の言った『増霊極』という言葉に引っかかり、あたしはウィンガルに聞いた。
今は少し休んだみたいだし大きな気がかりはないけど、魔物退治から帰ってきたときの顔色の悪さは今でも鮮明に頭に残っている。
ゲームなんかじゃ分からないこと、いっぱいあるだろうな……。

「……仮に苦しかったとしよう。だがそれは輝羅に関わりのないことだ」
「なんでそんなこと言うの?あたしは心配してるのに」
「頼んだ覚えはない」

そう言うウィンガルの表情はいつも通り無と示すに相応しくて、あたしは眉を少し下げてしまった。
なんか、寂しい人だな。

「……とりあえず、あんまり無理しないでね」

性分なのか、それとも単にあたしを信用してないのか、それはあたしには分からないけど、なんとなく言葉が通じないことを察したあたしは深追いせず、ウィンガルにそう言うと立ち上がった。
そして医務室を出ようと彼に背を向けたときか、

「輝羅」

ウィンガルに名を呼ばれ、あたしは彼の方へ振り返る。

「叩いた詫びをしろ」

詫びとはなんぞや。
そう疑問に思って首を傾げている間に、ウィンガルは自分の入っている布団をたくり上げた。

………入ってこいと!?
目ん玉が飛び出そうになる中、ウィンガルの表情をうかがえば至って普通(隠してるだけかも知れないけど)で、あたしのことをじっと見つめていた。

絶対に今のあたしの反応を楽しんでる。
ここで退いたらさらに罵倒される気がする。試している……この男はァ、あたしをためしてるぞぅ。

あたしはウィンガルの真意を見抜こうと考えたのち、意を決してまた彼の元へと戻り、ベッドに体を忍ばせた。
それを見たウィンガルは布団を下ろし、あたしを抱き寄せる。
ふわっと、ウィンガルの匂いがあたしを包んだ。

「……ねぇ、ウィンガル、誤解されたこととかあるでしょ?」

ウィンガルの行動を見て、あたしは彼を見上げて言ってみる。
他の女の子にもこんなことしたことあるのかなぁって思ってさ。

「……俺が知っている限りではない。こんなことしたのは輝羅が初めてだからな」
「ふーん……………え?」

ウィンガルから目線を離して呟いてから、あたしはまた彼の方へ目線を戻した。
するとウィンガルは笑う。

「……誤解したか?」
「むっ……。そんなんじゃないもん!てか早く休んでよ!」

ずっと起きてられると色々と心臓に悪い!

ウィンガルはその言葉を聞くと、あたしを抱きしめる力を強めた。
少し驚いたもののあたしは素直にそれを受け止め、目を伏せた。

「……ゆっくり、休んでね」

それからあたしが眠りに落ちたことは、きっと言うまでもないことだろうな、なんて。





君にだけ僕の体温を預けよう
120929

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