王道と安定、冒険と発見の提供。感性の刺激という影響とは別に、消費者として覚える興味と感動。まあつまり何って。
「やっぱり王道であり正道!ショートケーキは味わってとかないとね!」
偵察は大切という話。
場所はオーベル地区。地下鉄から少し歩いた先にあるパティスリー《アンダルシア》。こじんまりとしているけれど、ケーキ屋さんにしては奥行きのある店内なのは、飲食スペースが設けられているから。そこで私は叫んだ通り、ショートケーキを頂こうとしていた。
パティシエの卵と自己紹介するだけで、色んな人からおすすめされたお店。「行ったことある?」と何人から聞かれたか分からないほど、質問された覚えがめちゃくちゃある。
そこへ私は、ついに、上陸したのです!ドンドンパフパフ!
と心はお祭り騒ぎだけど、1人で来たわけではないので、温度差には気を向けつつ。
「四葉さんには一度来てほしいと思っていたから、こうして連れて来られて良かったわ」
「はい。馴染みのある私たちとしても、興味を持っていただけて嬉しいです」
そう言った2人が、私をアンダルシアに連れて来てくれた人物。このオーベル地区にあるアラミス高等学校の生徒であるアニエスちゃんとレンちゃんの2人だった。
初めはアニエスちゃんがよく知っている場所だからと、案内と食事のお誘いをしてくれて、2人で行く予定だったんだけど……。ちょうど予定が空いていたからと、レンちゃんも同行してくれた、という流れである。
「一度は来たかったからほんと嬉しい〜ほんとありがとね〜」
なので2人の前にも、私とは別にケーキと飲み物がある。現役女子高生に混じって、ケーキ屋さんのカフェで、まったりタイムというわけです。
礼を言った私は、早速ケーキを味わおうと、ショートケーキを眺める。
鮮やかな黄色が目を引くスポンジを包む、真綿のような生クリーム。ホールケーキが1人分にカットされ、スポンジは二段構造というザ・王道の形をしている。ぽつんと座る赤い魅惑が、ショートケーキであることを全面から表していた。
まるで初めてショートケーキを食べるような眼差し、と指摘されても何も返せないほどワクワクしていた。
個人的にはイチゴタルトやミルフィーユも捨てがたいんだけど……やっぱショートケーキは外せないですよねえ。
ショートケーキは日本発祥だから世界的には王道ではないのだけれど、日本発祥だからこそ捨てきれない部分がある。だって私は、日本人だもの。
「……た、食べないんですか?四葉さん」
「食べるよ!」
フォークを持ったままショートケーキを凝視する私を不思議に思ったアニエスちゃんが、聞いていいのか分からなさそうに聞いてくる。勿体なくて食べれないとか、そういうのじゃないから……そろそろ観察は終わることにしよう。
つまり、見た目の次は、食感や味。
フォークで刺した感触とか、生クリームの乳脂肪分、舌触りとかも気になるよね。苺も気になるけど、品種以前に産地が分からないので、あとで店長さんに聞いてお勉強しよう。
そこで私は、ようやくケーキにフォークを通す。
いただきますと呟いて、ぱくり。
「……うん、美味しい」
生クリームとスポンジの程よい甘さに、苺の甘酸っぱさ。バランスが良い。美味しい。生クリームはしっとりしていて、牛乳の味がすごく感じられる。美味しい。
味わって食べる私の様子を見ていたアニエスちゃんが、頃合いと見て話しかけてきた。
「ショートケーキと聞くと、難しいイメージはないんですが……やっぱり四葉さんにとっては特別ですか?」
「そうだね〜。パスタでいうペペロンチーノじゃないかな」
シンプルだからこそ、誤魔化しが効かなくて、難しい。というやつ。ペペロンチーノも、下手に具材追加しすぎたら別物になるし、難しそう。
そう思いながら、もぐもぐと。フォークを止めず食べ続け、ヴァンさんとはまた違ったスイーツオタクを発揮している私に、レンちゃんは笑った。
「でもその様子だと、気に入ってくれたみたいね」
「うん!すでに次は何食べようってなってるよ」
「アンダルシアには季節限定のケーキもあるから、今度狙ってみてもいいんじゃないかしら」
「季節限定、数量限定って、罪深い言葉だよね……」
すごく興味をそそられる言葉。
でもヴァンさん曰く数量限定は本当に数量限定らしいから、朝から並ぶくらいのことをしないと手に入らない気がする。いや、熱烈なファンはそうするか。そこは混ざるだけでは負けてしまいそう。
お給料との兼ね合いもあるし、これはどのくらいの頻度で来るかも計算しやきゃな……。とりあえず今回はお土産用にマカロンも買ったし、期待でございます……。
色々な意味で満足している私は、ショートケーキを食べ続けるわけだけど……私の手元以外にもある紙袋に、視線が動く。
「アニエスちゃんもお土産買ったんだね?寮?それともお父さん?」
「あ、これは、帰りに事務所へ寄って行こうと思っていまして……ヴァンさんにです」
「ふーん……」
頼まれてもいないのにお土産ねえ……。
もぐ、もぐ。口は勝手に動きつつも、意識は完全に頭に向いてしまっている。それはアニエスちゃんがお土産を『なんとなく買った』と思えなかったからだ。
「こんなところで聞くのもなんだけど、アニエスちゃんって、ヴァンさんのことどう思ってるの?」
「へっ!?どうって、そんな……」
「あら、そんなの、一つしかないわよね?アニエス」
「レ、レン先輩……!」
直接と間接の間の言葉を選んで聞いてみると、アニエスちゃんは頬を赤らめて誤魔化そうとする。も、私の質問の種類を察したレンちゃんに突かれる。その時点で、レンちゃんも言っているよう、一つしかないんだなあ?
でも高校生くらいのときが、一番年上の男性に魅力的を感じる年齢のような気がする。過去の話だけど大学生と付き合っていた友達もいたし、先生が好きな友達もいたし、すごく格好良い存在に映る瞬間なのかもなあ。
「ちなみに、レンちゃんは?そういう人いないの?」
「私もヴァンさんのことは好きよ?」
「……レンちゃんのそれは、なんか……違う気がする」
弄り倒すのが好きなだけでは?
どうしてかアニエスちゃんとは別の感情のような気がして、私は思わずツッコんでしまった。レンちゃんの方が先にヴァンさんと知り合いだったみたいだし、色々とあるのは確かなんだろうけど。
「でも、あの方は違うんですか?えっと、遊撃士の……」
「ああ、リブラ?彼とはあんなことも、こんなことも知り合っている仲だもの。もちろん、大切な人よ」
「えっ!?あんな!?こんな!?そっちの方がヤバいのでは!?」
新たな登場人物の話が始まったかと思えば爆弾発言が飛んできて、目がくわっと見開いたと自分でも分かった。多分、すごい顔をしている。
だって、あんなこんなって、何。レンちゃんいくつだっけ。それに大切な人と言いつつ、恋人ではない雰囲気なんだもん……すごくドロドロを感じる。
というか、今話している遊撃士のお兄さんって誰?遊撃士の知人でいうと、エレインさんとジンさんくらいだし……。その他で……お兄さん……お兄さん……。
「えっと、あの……背がたかくて、女の人みたいに綺麗で……モデルみたいな人?」
「そうそう。見た目だけやたらと良いお兄さん」
「え……見た目だけってことは……クズってこと?」
「クズというより、あれはメンヘラ製造機ね」
いや、それもタチ悪くない?
遊撃士のお兄さんをよく知ってる様子のレンちゃんは、なんともない顔でさらっと言ってるけど、それすごく大事なことのような……。
だって、女をダメにする男ってことだよね?何をどうしたら女の人をダメにできるんだろ……。ベタベタに甘やかしてくれるとか?女の人はそれに依存してしまうってこと?そう考えたら怖い。けど、
「女の人の方が怖いからな……後ろから刺されたりしないのかな……」
「遊撃士様なんだから、遅れは取らないわよ」
「そっちですか……?」
全く心配していないレンちゃんに、さすがのアニエスちゃんも指摘してしまっていた。私もそれでいいのかと思う反面、そう断言できる信頼があると考えると、素敵な関係のような気もする。言葉通り、大切に想っているんだろうな。
そう完結しようとしたとき、レンちゃんがにこっと微笑む。
「そういう四葉さんはどうなの?」
「…………」
いやあ、こっちにも来るなん思わないじゃない?こういう話は聞く側だと思っていたんだけどな?質問された瞬間、分かりやすく目を逸らしてしまった。
そう、つまりですね。
「私は……スイーツが……恋人なので……」
「えっと……」
「毎日スイーツのことを考えている、ということね」
私が興味を持つものは、人ではなくスイーツである。というお話。人によっては寂しい女に映る発言だけど、嘘は言ってないので……。
馬鹿にしてくる赤髪の男が即座に浮かぶ私は、あいつの前では絶対に言わないようにしようと思ったとかなんとか。