「……はあ、どうしてこうなったんだか」
シャカシャカ、カタカタ、サクサク。自分の腕の動きと一緒に奏でられる音楽は、馴染みがあって居心地が良くて安心する。反し、心に絡まる感情は手が粉っぽくて砂糖まみれの不快感のように、モヤモヤしていた。
それは遡ること数十分前。
私が普段通りモンマルトの手伝いをしていたときだ。
「おい、ちんちくりん」
……反応したくない呼び方。
でもここでガン無視したら、ネチネチと言い返してくると私は知っている。仕方なく作業を止めて、私は前に立っているアーロンを睨んだ。
「……その呼び方、やめてくれません?」
「あ?ちんちくりんなんだからしゃーねーだろ。小娘に勝ってから言え」
……どこの話をされてるか分かるし、そう言われてしまうと返す言葉もないのが、虚しい。
けど真面目に話すことじゃないと判断して、アーロンに「なんの用なの?」と尋ねる。呼び方はともかく、私に用事があるのは確かだろうから。
会話に乗り気ではない私を視野など入れず、アーロンは小袋を5つほど机に叩きつけた。
「これでなんか作れ」
「……これは?」
「黒糖だよ。発注ミスとかなんとかで、押し付けられたんだよ」
ふーん……共和国にも、黒糖なんてあるんだ。いや、共和国だからこそ?あるのかな?
アーロンは煌都出身とはいえ、イーディスにも顔馴染みがちらほらいるみたいで、その人に押し付けられたみたい。ある意味、問題児として名が通っているだけ。一方的に知られているだけ。もあるかもしれないけど。
にしても、誤発注か……。アーロンもざっくりとしか教えて貰ってないみたいだけど、ゼロを1つ多くつけてしまったらしい。よく聞くミスり方だ。
というのは置いておいて。
「……なんで私に渡すの?」
「だからなんか作れって。砂糖なんだからお前の十八番だろ?」
「はあ……」
砂糖渡せばなんか作ってくれる便利屋とでも思ってるのかな。そんなの、ヴァンさんに良いように使われそうだから、やりたくないんだけど。
とりあえず声は出しておこう。とでも言うような、やる気のない返事をする。
私に作る気がないと見抜いたアーロンの顔が、分かりやすいくらいに不満げになった。
「……んだよ、持ってこられた材料でクッキー1つ作れやしねえってか?パティシエの卵ってのは簡単になれんだなあ?」
「はあ……?」
同じ言葉なのに、力が入る。かなり癪に障る言い方をされたからだ。
そして分かっている。これは、煽られている。分かるけど、「はいはいそうですね」と流していい問題とは思えなかった。ここで流したら、この先、何度も、永遠に続けられるに決まってるし。だから、
「誰がクッキー1つ作れないって?クッキーよりもしっかりしたものを作ってやろうじゃない」
で、現在に至る。
まんまとアーロンに乗せられたという意見を頂きそうだけど、ここで何も作らないのは、パティシエの名が廃ると思わない?え?自己満?当然。他人がどうこうではなく、私が良ければそれでいいの!
そっちがその気なら、共和国にはないであろうお菓子を作ってやる!名前言えなかったらバカにしてやるんだから!
とは思うも……冒頭には戻ってしまう。なんでこんなことしてるんだろ。アホらしい。責めるとするならば、乗ってしまった職人気質ではなく、アーロンに目をつけられた自分自身か。
ため息を一つ溢して、目の前でボコボコと音を立てている物体を眺める。膨らみ、浮かんでくるそれを箸でコロコロ転がして、火の通り具合を確かめる私を、仕事に一区切りついたらしいヴァンさんが、興味津々に観察していた。平和でよろしいこと。
「黒糖か……これ、そのまま食ったらどうなるんだ?」
「味見したいならコーヒーにでも入れてください」
今作ってるおやつが待ちきれないのか、目の前にある黒糖に目移りするヴァンさん。『はやく食べたい』という意味だと分かる私は、ヴァンのコーヒーカップに黒糖をポイッと1つ投げ入れる。「扱い雑じゃね!?」だとか「アーロンへの怒りを俺に向けんな!」だとか聞こえてくるけど、揚げ物は危ないから、あまり余所見したくなかっただけなんだよね。
甘いもののことになると人が変わって面倒くさいから……というのもあるけど、それを言ってしまうと『そこが雑なんだよ』と指摘されてしまいそうだから、飲み込む。
さて、そろそろ引き上げ時かな。いい感じに丸が弾けて黄金色になってきたし……。
つんつんとつついて泳がせていた本体を掴み上げ、クッキングペーパーを敷いた皿の上へと運ぶ。余分な油を抜くため放置していたとき、作業を終えたと見越した元凶が、ひょこりと顔を出した。
「お、できたか」
「……………」
「睨むなよ。それなりに可愛い顔が台無しだぜ?」
「褒めてないよねぇそれ」
ニタニタと含み笑いを向けられている時点でお察しだ。わざと言ってる。
何も知らない愚かな女は、そういう一言でキャッキャウフフ、黄色い声を出すんだろうけど……。格好いいとかキュンキュンするとか言ってるやつは、話してから言ってほしいもんだよねえ?顔だけで性格終わってる例としての能力が抜群。教科書に例として、アーロン・ウェイを載せてほしいものだわ。
アーロンのウザ絡みを無視して、私は粗熱が取れたおやつを1つ2つと拾い上げる。
「ヴァンさんは是非アツアツを。アイスと一緒に食べてください」
「そんな罪深い組み合わせをするだと……!?」
「静かに食べてください」
今はヴァンさんの感想をちんたら聞いている暇はない。省略として器をバンッと机に叩きつけると「いやだからさっきから雑じゃね?」と二度目の不満を頂いたけど……勝手に食べ始めるであろうヴァンさんを放置して、私はアーロンに完成物を見せつけた。
「……なんだこれ。パンかなんかか?」
「サーターアンダギーです」
「は?」
「サーターアンダギーだってば。なに、耳悪いの?それとも物覚えが悪い?」
ふふん、やっぱ言えない。少し長めの名前だし、圧倒的に方言だもんね。一発理解はされないと分かっていたからこそ、あえて煽るんだけど。夜遊びのしすぎで頭の細胞死んでるんじゃないの?てね。
癪に障る言い方をされた仕返しをしたかっただけだから、その後に何を言われようとどうでも良かった。ねちっこいのか、あっさりしているのか、私にも分からない。
一通り言い合ったあと、アーロンはカウンター、ヴァンさんの隣に座る。私はすでに食べ始めているヴァンさんの感想を小耳に挟みつつ、まだ完全に熱の抜けてないサーターアンダギーをフォークでつつくアーロンを見つめた。
ヴァンさんも呟いているけど、サーターアンダギーはドーナツに近い。水分量が少ないから、飲み物がないと苦しい思いをする羽目になるけど……。黒糖の風味を活かすのなら、やっぱ現地料理に勝るものはないというか。
その良さを感じ取ったらしいアーロンの表情も、どこか好印象で。
「……へえ、味は悪くねえな。やっぱ四葉に頼んで正解だな」
「……私への評価が良いのか悪いのかどっち……」
パティシエとしての腕を信頼してくれているのは分かるけど、頼み方に煽りが入りすぎて、頼まれている気が全くしない。褒められている気分になったとしても、邪念が強くてすぐに消え去るんだよね。
そんな私の言葉に思うところがあったのか、きょとんとしたアーロンはじっと私を見つめる。やがて綺麗な顔を意地汚く歪め、ニヤリと口角を上げた。
「……四葉の評価?腕は上、顔は中、体は下だな」
「……揚げるぞロン毛」
だからなんでこいつがモテるの?教えて世界。