「はうう……今日もかっこいい……」

「みーっけ」

「ひっ、ひいいっ!!」



それは、とある休日のことだった。
今日は学校に用事があって来たんだけど………
どうやら、テニス部は今日も練習らしかった。
このまま家に帰っても暇だからと、いつもと同じく見学(という名の幸村くん観察)をしようかな、なんてコートに立ち寄る。
そこでは皆が休んでいた。(休憩中なのかなあ)
そして、きょろきょろと見渡しながら愛しの彼を探していると、いきなり後ろ……というか耳元で話し掛けられて、身動きをとれなくさせられた。(う、後ろから、ぎゅ…って!)
それから頭の上に誰かのあごが乗っかってくる。
誰なのかはわからないけれど、とにかく誰かに抱きしめられたんだ、ということだけは瞬時に理解して、悲鳴をあげた。

………そこで話の冒頭に戻るのです。



「相変わらず騒がしいのぅ」

「えっ、あっ、いや、………って仁王くん!?」

「なんじゃ?」

「なんじゃ?じゃなくてっ!離しなさい!」

「えー」

「ちょ、あ、やめっ、こらあああああ!」



お腹の辺りで交差する手に、凄くひやひやとさせられる。
思わず慌てた声を出したら、見事に笑われた。
もう、なんなんだこの男は。
人をからかって遊ぶのがそんなに楽しいの?とつくづく思わされる。
あなたがそうやって遊ぶたびにこっちは心臓ばくばくだというのに。
………なんだかムカつくなあ。



「っていうか私はあんたに構ってる暇なんてないのよ!」

「また幸村、か?」

「当たり前でしょ!私は幸村くんを探すので精一杯なのーっ」

「部長ならあそこじゃが、」

「え……っ!!あ、幸村く……ふぐっ」



いきなり口を塞がれて、叫ぼうとした声が途中で遮られた。(あれ………こんなこと前にもあったような、)
すぐに離してくれたけど、私の口を塞いだその右手は私の左肩へ。
そして、右肩にはさっきまで頭の上にあったはずの、彼のあごがのっかって。
まるで後ろから羽交い締めにされているようだ。(なんなんだこの異様な密着さは!)
突然のことで思わず赤面しちゃったりして、仁王くんの手の上で転がされているような気分になった。



「な、なにするんですか…!!」

「んー、急にこうしたくなっただけ?」

「ぎゃああ、離してー!」

「さて、どうしようかのぅ」

「セッ、セクハラで訴えるよ!?」

「やれるもんならやってみんしゃい」

「……っ!」



なんというか、耳元で話されるというのは厄介だ。
全身に震えが走るというか……
まるで体に弱い電流が流れているみたいな、痺れがやってくる。
仁王くんってば、絶対に女慣れしてるな…!?(確かに彼女とかたくさんいそうだけど)
ああああ、抱きしめられるんだったら断然幸村くんのほうがよかったーっ!!
ていうか、むしろ幸村くんじゃなくちゃ嫌だーっ!!(泣いてもいいですか)



「あれ?仁王先輩なにしてるんスか?」

「ああ、赤也か」



ひょっこり、突然現れたかと思えば、それは少しくせっ毛の男の子だった。
どことなく可愛いげのある子だなあ、なんて頭の片隅に思う。
可愛いといえば、もちろん丸井くんもその分類に入るのだろうけど……………………うん、多分ね。



「なにって、お楽しみ中?」

「ふーん…」


「おまっ、お楽しみ中とか言うなああああああ!」

「照れとるんか?」

「違うよアホ!」

「仲いいんスね、二人とも」

「まあな」

「いやいや全然仲良くないよ!こんなやつの話を信じちゃ駄目だからね、…………………えーと……ていうかあなた誰?」



そういえば自己紹介してないや、と我にかえって彼に問いかけてみれば、きょとんとした後ににっこり笑顔になる。



「俺は2年の切原赤也だぜ。アンタは?」

「あ、えーと…3年の花島りこ、です」

「じゃあ花島先輩、な!よろしく!」

「こ、こちらこそ、切原くん」



なんだか人懐っこい子だなあ、なんて彼を眺めつつも、私は未だに仁王くんの腕の中に閉じ込められていた。
もうそろそろ離してくれないか、と正直思う。
ていうか、こんなところ幸村くんに見られてまた冷たいことを言われたらどうしてくれるんだ…!!
そんなことになったら私、生きていけない…!(本気で泣くよ!?)
………なんて考えていたら、また一人、ラケットを持った背の高い男の子が近付いてきた。
でもそれは私の目当ての幸村くんじゃなくて。
確か同じ委員会の…………柳生くんだった。(私も風紀委員なのだ)
背筋がぴんとしていて、どこか凛々しい。
そして、切原くんのほうを見て言い放つ。



「真田くんが呼んでいますよ」

「ええっ!?マジっスか!?」

「早く行ったほうが身のためですが………」

「…………了解…」



気を落として去っていく切原くんを見送ったあと、私たちのほうに向き直る彼。
はあ、なんて溜息をつかれてしまった。



「まったく……なにをやっているのですか貴方達は」

「別になにもー」

「柳生くん助けてええええっ」

「…………………」

「…………………」

「つーか離せえええええっ」

「……仁王くん、無理矢理はよくないと常日頃から言ってあるでしょう」

「プリッ」



そうだよねそうだよね、無理矢理はよくないよね…!!(やっぱり柳生くんは話がわかる!)
本当に早く解放してほしい。
だってほら、遠くで幸村くんがこっちを見て……………………………ぎゃああああ、幸村くんがこっちを見てるうううう!!(なんでだ――――!!!!!)
ひしひしと嫌な予感を感じる。
きっとこれは野生の勘……というやつで。
これから起こることに不安を感じた。
しかもなぜかこっちに向かって歩いてきてるような………
きゃあ!幸村くんてばわざわざ私に会いに来てくれるのね!!



「は、早く離してもらわないと困るんですけど!」

「なんでじゃ?」

「幸村くんがこっちくるの!話したいの!」

「へー」

「へーじゃないだろうがあああ!」



颯爽と近付いてくる愛しの幸村くんと、私を離してくれない仁王くん。
そして、そんな私達を呆れたように眺めている柳生くん。

今日はいろいろと大変な日になりそうだ………(あの馬鹿のせいで)





嫌な予感がします

(これから一体なにが起こるのでしょうか………)





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