夜、11時。
いつもならもう寝ている時間なのだけど、私は相当ご立腹な彼氏様の目の前で大人しく正座をしていた。
どうしてこんなことになったのかというと、元々は私の家出が原因で……
ついさっきまで行くあてもなく外をうろうろしていたのだけど、とうとうジュンサーさんに見つかってしまって家を尋ねられた私は、自分の家に帰りたくなくて、つい彼氏の家を答えてしまったのだ。
とりあえず中には入れてくれたけれど、いつもは温厚なダイゴさんがずっと黙ってこちらを眺めているから、とても怖い。
せめてなにか発してくれないだろうか。
「一応聞いておくけど、一体どうしたんだい?」
「あっ……えっと、家出して……うろうろしてたらジュンサーさんに補導されて、最終的にここまで送り届けてもらいました……」
「今何時だと思ってるのかな」
「11時です」
「そうだね」
「……ごめんなさい、こんな夜遅くに押しかけて」
「そういうことを言っているんじゃなくて、なんでもっと早くに連絡しなかったのかってこと。こんな遅くに女の子が出歩いていたら危ないだろ?」
優しく諭すように、ゆっくりと話し掛けられる。
声色がいつもより低いから、まだ怒ってはいるのだろうけど、言葉はいつものように私を心配してくれる、優しい彼氏そのものだった。
あまり迷惑をかけたくなくて、あえて連絡をしなかったのだけれど、こんな時間になってから頼ったのでは余計に迷惑をかけてしまった気がする。
……申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「次からはこうなる前に、真っ先に僕に連絡するんだよ」
「はい……」
「よし、いいこだね」
よしよしと頭を撫でられて、もう許してくれたのだと悟る。
切り替えが早いというか、アメとムチの使い方が上手いというか……こういうところがダイゴさんは大人だなあ、とつくづく思う。
私だってもう幼い子供というわけではないけれど、やっぱり精神的な面ではまだまだ大人になりきれていないところがあって、今までにもたくさん迷惑をかけてきた。
負担にはなりたくないと思うのに、どうしてこう上手くいかないんだろう……
「それで、今日はもう遅いし泊まっていくんだよね?」
「…いっそのこと永遠にお世話になりたいくらいです」
「はは、僕はそれでも構わないけど。でもさすがに早く帰らないと親が心配するよ」
「心配なんてしてくれるのかな……」
「もちろんするさ。明日送ってあげるから、ちゃんと謝っておいで」
「……はーい」
家を出て頭が冷えたからなのか、すんなりと受け入れることができた。
あれだけ頭にきていたのに、今はちゃんと謝ろう、そう思える。
内容が自分に非がないとは言えないことだっただけに、余計だ。
「なまえちゃん、夕飯は?」
「外で済ませました」
「そう、ならお風呂に入っておいで。そろそろ沸く時間だから」
「あれ?ダイゴさんはまだ入ってなかったんですか?」
「今日はチャレンジャーが多くてね、さっきやっと夕飯を済ませたところなんだ」
「そうなんだ………お疲れ様です」
「本当に今日は疲れたよ。まあ、その分楽しかったけどね」
そう言いつつ彼は立ち上がる。
どこかへ去っていったかと思えば、バスタオルとダイゴさんのパジャマらしきものを持ってきて、手渡してくれた。
「だいぶ大きいと思うけど、一晩だけ我慢して」
「うん、大丈夫」
ふんわりと香るいい匂いが気になって、ぽすんとバスタオルに顔を埋めてみれば、上品な香りがいっぱいに広がる。
それにタオルがものすごく柔らかくて、そういえばダイゴさんちに来るといつも思うのだけど、一体どんな柔軟剤を使っているのだろうか。
もちろん素材も高級なものだろうけど、きっと洗剤一つに至ってもこだわりがあるんだろうね……
「ほら、そんなことしていないで早く入っておいで。……それとも、一緒に入るかい?」
「っ!」
私はどうやら自分の世界に入っていたらしく、急に耳元で囁かれて震え上がってしまった。
ダイゴさんも普通に声をかけてくれればいいのに、人が悪い。
くすくすと笑ってこちらを見ている。
「は、入りません!」
「そんなこと言わずに」
「言いますよ!」
「せっかくこうして可愛い彼女がそばにいるんだから、癒してくれると僕は嬉しいんだけどなあ」
いやいやいや、ちょっと待ってダイゴさん。
あなたお疲れなんですよね?
それなら一人でゆっくりと入った方が疲れが癒されると思いませんか?!
………………なんて、言えるはずもなく。
更ににっこりと微笑んだ彼は、有無を言わせない雰囲気を醸し出しつつ、私の腕を取る。
「え、ちょっ、そんな、待って、」
「さあ行こうか」
「こ、こら〜〜〜〜っ!!!」
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…………そして。
あのあと半強制的に浴室へと連れ込まれた私は、あまりの羞恥心に目をきつく閉じながら湯船に浸かっていた。
後ろにはダイゴさんがいて、まるで抱きかかえられるようにして座っている。
肩に顎を載せられているからくすぐったくて身をよじるけれど、そんなのお構いなしに耳元で話しかけてきて、本当にタチが悪い。
「なまえちゃんの顔、真っ赤だね」
「そ、それはダイゴさんのせいでしょ!」
「……ああ、うん、少しいじめ過ぎちゃったかな?」
至極楽しそうな声でダイゴさんは言う。
先程、体を洗ってあげようとかなんとか言って散々好きなように遊ばれたので、未だに体が熱を持っていて熱い。
行為自体が嫌というわけではないけれど、あれのどこが少しだったのかを問いただしてやりたい気持ちではあった。
だって、私にそんな気はなくてもこの場所が場所なだけに、手つきとか息遣いとかが気になってつい反応しちゃうじゃない…!
ダイゴさんはダイゴさんで、そういうのが分かっているからわざと誘うようなことをするし。
せめてベッドの中で、という私のお願いをそろそろ聞き入れてくれてもいいんじゃないでしょうか!
「こっち向いてごらん」
「い、いやです」
「どうして?」
「それは、その、えっと…」
「………キス、させてほしいんだけどな」
「……っ、」
それは私だってしてほしい。
でも、さっき色々しておいて今更だとは自分でも思うけど、ここ明るいし、裸のまま向き合うのは恥ずかしいんだもん…!
「ほら、こっちだよ」
しばらくして、頑なに動かない様子に痺れを切らしたのか、彼は自ら私の体の向きを転換させた。
私もキスはしたかったので、そこまで反抗することなく大人しく受け入れる。
「ん………………ん、っ」
「……は、ぁ……っ」
だんだん深くなっていって、支えが必要になってきた私は彼の首元にすがりついた。
そのままキスに集中していたら不意に腰へ手が添えられて、びくりと反応する。
こんな些細なことなのに肌が粟立って、ぞくぞくしてしまうのは何故だろう?
そのままゆっくりと上へ伝って胸へと向かう手に、私は身悶えながらもされるがままになっていた。
「だい、ご、さん………あっ、ちょっと、また…?」
「駄目?」
「駄目じゃ、ない、ですけど…」
「それなら……いいよね?」
にこり、それはもう溢れるほどの色気を滲ませて彼が微笑むものだから、私は息を呑んだ。
妖艶なダイゴさんにどきどきと心臓が高鳴って、触れられている場所がまるで痺れているかのように快感が走る。
再び唇を塞がれたので、私は息苦しさに喘ぎつつ彼をのぞき見れば、視線が絡み合った。
「んんっ……ふ、ぁ、」
「……ん……」
「…っあ、……んっ」
もうだめ……そろそろのぼせてしまうかもしれない。
そう思うくらい体が熱くて、頭がぼんやりする。
絶えず与えられる刺激にびくびくと体を震わせていたら、太腿に手が伸びてきたので、慌てて制止した。
「や、……もう、あつい、から……っ」
「ごめん、無理させたかな」
「そうじゃなくて、のぼせちゃうから……」
「じゃあそろそろ出ようか」
私を抱き上げて、ダイゴさんは立ち上がる。
外見的には細いと思うのに、こうしてすんなりとお姫さまだっこが出来るくらいだから、体は意外としっかりしていてたくましい。
そして、ぴったりと肌が触れ合っているのに、私はもう羞恥心を感じなくなっていた。
…………たくさん慣らされたからだろうか。
「────続きはまたベッドで、ね」
そう耳元で囁いた彼に小さくはいと答えて、私は今夜何時に眠れるのだろうかと思いを馳せた。
家出少女の夜は長い
(明日はたくさん寝かせてもらおう)
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