「ブンちゃんっ、ゆうちゃんっ」
ちょこちょこ、小動物みたいにひなが走ってきたのは、部活が始まって1時間くらいたった頃だった。
その顔は赤いものの、幸せそうに緩んでいた。
ズキン、胸が苦しくなる。
「どうしたんだ?」
「やったよ、クッキー渡せたよっ!」
そうはにかんだひなの姿は、すごくすごく可愛く見えて。
俺はなにも言い出せずにただ俯いていた。
笑え、俺。
笑えよ、ひながいるんだから。
いつもみたいに笑えばいいんだろい、そんなの朝飯前じゃん。
……なの、に。
ひなの幸せそうな顔を見ると辛くて辛くて死にそうになるんだ。
「ブン……ちゃん…?」
不思議そうにこちらを見てくる彼女に、また胸がズキンと響いた。
“よかったな!”
ただそう言えばいいだけなのに、うまく言葉にならない。
……苦しい。
好きになることがこんなに苦しいものだなんて知らなかったよ、俺。
昔から周りに可愛いとちやほやされて生きてきたし、何にも不自由したことないし、だから今まで欲しいものはある程度手に入ってきた。
食べ物だって、ゲームだって、ラケットだって。
なのにひなだけは、どうあがいても手に入りそうにない。
どうしてだよ、こんなに大事にしてるのに。
誰よりも好きなのに。
分かってる、分かってるんだ。
自業自得なことくらい…
あの時、俺のクッキーを渡してこいなんて言わなければ、きっと今こんな気持ちにはなってなかった。
でも、ひなの恋を応援すると言った以上、後には引けなくて。
ほんと馬鹿だな、俺…
「よかった、な、ひな」
「?…うん…」
頑張って笑う努力はしたけれど、それは相当ぎこちないものだったらしい。
鈍感なひなの顔にさえ、不安そうな表情が見えた。
慌てて近くにいた森野がフォローに入る。
「ひな、丸井ちょっと疲れてるみたいだから気にしないで」
「う、ん……」
「それより、赤也喜んでた?」
「たぶん……」
「そっか、よく頑張ったね」
ごめんひな、俺、森野みたいに気の利いたこと言えない。
ほんと、ごめん……っ
「大丈夫?ブンちゃん…」
「だ、大丈夫だぜぃ!めちゃくちゃ元気だしっ」
「………」
「じゃ、俺練習に戻るから…」
そう言ってコートに戻っていく俺。
ラケットをギュッと握りしめた。
はあ……情けない。
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(ひなを応援するなんて言わなかったのに、)
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