「ミサキ」



コンコン、部屋のドアが叩かれる。
この声はきっとダイゴだと分かっているのに、私は決してドアを開けようとしなかった。
ドアにはカギを掛けているから、そう簡単には入れない。



「そこにいるんだろ?」



…………いるよ、ここに。

ベッドの上でうずくまりながら、心の中で返事をする。
実を言うと、声を出したら皮肉ばかり出そうで、誰とも話したくなかった。
瞳からは絶えず涙が流れ出ていて、こんな不細工な顔、誰にも見せられない。



「開けて」



いや。



「……君が開けないなら、勝手に入るけれど」



そんなの無理に決まってる。
だってカギが閉まっているんだもの。

そう思った瞬間、ガチャ、と音を立てて開くドアに、私は掛け布団の中でびくりと体を震わせた。



「こら、どうして返事しないんだ」

「ひえっ」



バサリとはぎ取られた布団によって私はダイゴの前に姿を現す。



「な、んで、う、っ、カギ、がっ」

「おばさんにね。合い鍵もらってるから」



またお母さんか…!
用意がいいというか、なんというか。
さすがとしか言いようがない。

…………不意に、ぎゅっと抱きしめられる。
ふわりとダイゴの匂いが鼻をかすめて、なんだか胸がきゅっとした。
車の中では頭の中がごちゃごちゃしていて気付く暇もなかったけれど、懐かしい、この感じ。



「ふふ、相変わらず泣き虫だなあミサキは」

「ひ、ぅ…っ」

「僕が旅に出たあの日も、こうして泣いていたのかい?」

「う、う、るさ…っ」

「ね、ミサキ。僕は7年間の間、一時も君のことを忘れたことは無かったよ」

「…っ、う…」

「ずっとずっと会いたかった」



だったらどうして一度も会いに来なかったの??

そんな疑問…というか怒りがこみ上げてきたけれど、そんなことはどうでもよくなってしまった。

だってダイゴは、いま、ここにいるのだから。



「泣き止んだかな?」

「…………おかげさま、で」

「君って笑顔はもちろんだけど、泣き顔もとても可愛いよね」

「ど、どういう趣味してんのよ!」



ここにきてようやく体が離される。
どうしてだろう、7年前はこんな風に抱きしめられたことなんてなかったのに。
旅をして、いろいろな地域の風習や文化を学んで、彼は変わったのだろうか。

………何も変わっていないのは、私だけ?



「僕はさ、」



ぽつり、ダイゴが話し始める。
私は静かに耳を傾けた。



「ミサキとの結婚、いいと思ってる」

「……え?」

「まだ僕らは若いかもしれないけれど、でもこの歳で結婚してる人はたくさんいるだろう?」

「………」

「安心して。ミサキは僕がちゃんと養っていく」

「そういう、問題じゃ……」

「ゆくゆくは僕も親父の会社を継ぐことになるから、それまでは補佐役に回って、数年かけて会社のことを覚えようと思う。もちろん、チャンピオンはまだ続けるけどね。…………だからどうか」

「……」

「僕と、結婚してください」



初めてのプロポーズに、どきんと胸が高鳴った。
お付き合いとかそういうの全て通り越して、いきなり、結婚。
ダイゴはそれでいいのだろうか。
親に勝手に決められて、私なんかと結婚なんて。

私はそんなの嫌だ、親に決められた結婚なんて。



「ごめんなさい。私はちゃんと恋愛をして、心から大切だと思える人と結婚したいの」



結婚相手くらい、自分で決めたい。
そう思うのはおかしいことじゃないよね?



「………なら僕は一生をかけてでも君を惚れさせてみせるよ」

「ええっ?!そこは大人しく諦めてよ!」

「あいにく、僕は諦めの悪い男だからね」

「なっ……!」

「逃がさない。絶対に」



にっこりと笑う彼の言葉に絶句する。
なんて男なんだ、こいつは!



「とりあえず手始めに、明後日から僕と同棲することになっているから荷物をまとめておいて」

「はあ?!うそでしょ?!」

「本当。いいところだよ、トクサネは」

「トクサネ…?!って遠すぎよ!」

「2人で静かに暮らすにはうってつけだね。ふふ」

「な、ななな……っ!!」





(彼の笑顔が悪魔に見えた瞬間だった)

僕じゃ、だめ?



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