猛スピードでトクサネへ戻り、大遅刻になったであろうダイゴを見送った後。
私は延々と自己嫌悪に陥っているのだった。

社会人として遅刻はどうなの…
私は勤めたことがないから社会人のルールには疎いけれど、そんなことは関係なく常識的に言ってありえないでしょう。
そもそも人として…………ああもう、そんな大変なことを私はダイゴにさせてしまったのかと思うと頭を抱える。
ダイゴもダイゴで自分のスケジュールは一番よく分かっているのだから早めに起きたらいいのに、揃いも揃って寝過ごしてしまった。
そしてそれを指摘したら、こうだ。

「一度起きたのは起きたけれど、ミサキの幸せそうな寝顔を眺めていたらいつの間にか二度寝していたみたいだ」

おかしいでしょう!!!
私が寝ていても起こしなさいよ!!!!
普段はちゃんと弁えているから大丈夫、今日だけだよとは言っていたけれど、そういうことじゃない。
そういうことじゃなくて、いついかなる時も…………いやダイゴに怒りをぶつけるのはお門違いというもの。
昨日私が酔い潰れなければこんなことにはならなかったのだから。

もう絶対に外で飲みすぎない。
付き合いもあるから、たとえ飲んだとしてもほんの少しだけとか、節度を守る。
………とはいえ、もう起こってしまったことはどうしようもないわけで。

幾度となく溜息をつきながら、私は自宅で洗濯物を畳んでいた。
何かをしていないと落ち着かなくて、とにかく手当り次第に家事をこなしていく。
黙々と作業していたせいか、いつの間にやら家中がピカピカになっていた。
掃除をやりつつ、夕食を作りつつ、洗濯もやりつつ。
片っ端から手をつけていった結果、もうやることがなくなってしまった。
お風呂も洗ったし、あとはあいつから帰る連絡がきたら沸かして、夕食の仕上げをして……………



「ただいま」

「おかえ………………えっ!?もう?!」



リビングのドアがいきなり開いたから、思わず大声を上げてしまった。
慌てて早過ぎないかと問えば、ダイゴは「向こうを出る時に連絡したけど、見てない?」と不思議そうな顔をする。
外を見れば、いつの間にか日が暮れていて、決して早いなどと言える時間ではない。
それに、ポケナビにもちゃんと通知が来ていたのに、全く気が付かなかったのは自分の落ち度だ。



「ごめんなさい、お風呂まだ沸かしていなくて、すぐ用意するからご飯が先でもいい?」

「もちろん。じゃあ風呂は僕がやっておくよ」



ありがとう、と言い残して私はパタパタとキッチンへ駆けていった。
おかずを温め直して、テーブルに並べて………途中でダイゴが戻ってきて手伝ってくれたおかげで、私達はすぐに夕食を食べ始めることが出来た。
………が、しばらくして、こちらを窺うような視線を感じ、ダイゴの発言を促す。



「……もしかして、朝の事気にしている?」

「っごほ、ごほ、んっ!」

「それとも昨夜の事?」

「ち、ちが、…どうして………」



妙に鋭い指摘に、思わず声が上擦ってしまった。
やだ私、そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。



「僕が分からないとでも?」



辺りを見回して、ダイゴはそう言う。



「すごく念入りに掃除をしていたみたいだね。料理も手間がかかるものばかりだ」

「うっ…………」

「ミサキは昔から考え事をしている時は何かをしていないと落ち着かない。普通は何も手につかなくなるものだと思うけれど」



言い当てられてぐうの音も出ない。
…………悔しいけれど、その通りだわ。
どうしてダイゴはいつもいつもお見通しなのだろうか。
昔から隠し事をするとすぐにバレるし、思い返してみれば隠し通せたことが今までに一度もない気がする。
今回のは少し気にかかっていただけで別に隠し事というわけではないのだけれど、そういうのだってどこで嗅ぎ付けてくるのか必ず察知して、言い当ててくる。
目敏いというか、なんというか。
そんな私の複雑な心情を知ってか知らずか、「何年幼馴染をやっていると思っているんだい?」なんてダイゴはにこやかに圧をかけてきた。
まるで答えるまで逃がさないとでも言われているかのような笑顔に、私は大人しく認めて、気になっていたことを聞こうと口を開いた。

起きた後は慌ただしくて、そんなことを聞く余裕もなかったから。



「……リーグ、大遅刻だったでしょう」

「そうでもないよ」

「だって時間…」

「あれくらいなら大丈夫。それに、チャンピオンに辿り着くまでには四天王がいるから、だいたいはそこで終了してしまう。たとえ四天王を突破するだけの実力があるチャレンジャーが来たとしても、そもそも4人とのバトルだけでも時間がそれなりにかかるから、僕の出番がくるのは割と遅いんだ。今日一日くらい遅れたところで、業務に差し支えるような事態は起きないし、しいていうならバトル前の調整の時間が取れなかったことくらいかな」

「それって大事なことではないの?」

「大事といえば確かに大事だけれど……………僕と僕のポケモン達は、どんな時でもバトルに臨めるよう常に最高のコンディションを心掛けているからね」



結果的に勝ったし、問題ない……とあいつは言うけれど。
これでもしも負けてしまったら、チャンピオンの座を奪われるような事態になってしまったとしたら、と思うと気が気じゃない。
そんなの、私のせいで負けてしまったも同然だ。
無意識に不安な顔をしていたのだろうか、ダイゴは私の様子を見ていつもの自信あり気な表情を浮かべ、言い放った。



「大丈夫。僕は、一番強くてすごいんだよ」

「…それは言い過ぎだわ」



思わず、ふふ、と笑ってしまった。
一体どこからあの自信が出るのだろう。
あいつは昔からそうで、何があってもダイゴなら大丈夫と思わせるような、何かがあった。
何度救われたか分からない。
今だって、あんなにくよくよ心配していたのが嘘みたいに晴れやかだ。



「ミサキは気にしすぎ」

「……大人として遅刻なんてありえないでしょう」

「それは連絡入れた時に、これからホテルを出て婚約者を送ってから向かうと伝えたら察してくれたよ」

「ま、まま、待って、それは絶対言っちゃ駄目なやつ…!」

「はは、冗談だって。さすがにそんな私情は話してない」



あまりにもたちの悪い冗談を軽々しく口にしながら、ダイゴはというと心底おかしそうに笑っていた。
睨みつけても全く意に介していないようで、ああもう腹立たしい!

婚約者とホテルだなんて、きっと、じゃなくて絶対、あらぬ誤解を受けるに違いない。
たとえ私達の間に何もなかったとしても、だ。



「思い出したくないから、もうこの話は無し!」

「まあ、次は遠慮しないから覚悟しておいて」

「絶っっっっ対に次はないわよ!」

「僕はいつでも………おっと」



ダイゴのポケナビが鳴る。
どうやらメッセージのようで、さっと目を通すと、ちらりと私へ視線を向けた。



「ハルカちゃんが君と遊びたいってさ。懐かれたね」

「あら」



昨日会ったばかりだというのに、さっそくのお誘い。
慕われるのは悪くない。
あの年頃の子がまさか社交辞令なんて言うわけないでしょうし、きっと心からまた会いたいと思ってくれているのだと思う。



「私はいつでも大丈夫」

「じゃあ僕から返事しておくよ」



ダイゴを介して連絡するのは手間だし、あとで彼女の連絡先を聞いておこう。
そんなことを思いながら仲介役を任せていると、次の金曜日に会うことになった。
平日だからあいつは仕事なので、一緒に行けないと苦い顔をしている。
いやいや、着いてこようとしないでよ。
何を当たり前に一緒にいられると思っているのかしら…


そして、その日の夜、寝室に入ってきたダイゴに久しぶりに平手打ちをかますことになる。
今日はちゃんと着ているんだね、なんて、私の姿を不躾に見回すから。



「いい眺めだったのに、残念」

「最っっっ低!!!」





(人を痴女みたいに言わないで欲しい)

一言余計!



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