目を覚ますと、いつもの通りダイゴの顔があった。 うすら寒く感じてもぞもぞと身をよじれば、肌に触れる感触にどことなく違和感を感じて眉をひそめる。 「………………え???」 それもそのはず、目の前の男は何故かいつものパジャマを着ていなかった。 バスローブと思わしきふわふわのそれは、寝ている間にはだけたのか目のやり場に困る状態になっている。 どうしてこんなものを着て寝ているのだろうかと考えたところで、そもそもここが家でない事に気が付いた。 いつもと違うベッド。 いつもと違う部屋。 ここは一体どこだろうと思いつつ、ダイゴの腕の中から抜け出して身を起こした途端、自分の姿に絶句する。 ちょっと待って、どうして着ていないの?! 思わず叫びそうになったところを一生懸命押し殺した。 辛うじて下着…とスリップは身に付けているものの、正直隠せているかといえば心許ない。 きょろきょろと見渡せば、ここはどうやらどこかのホテルのようだった。 最悪の事態を想像して、さあっと青ざめていく。 わたし……まさか………… いやいやいや、そんなはずがないわ。 深呼吸をして慎重に思い出せば分かるはず。 ………………昨日は、お酒を飲んですぐに体がぽかぽかしてきて…… たまごの話とか、ダイゴがシンオウに行った話とか、いつもの石の話とか、離れていた時の話とか、色々な話をして…… 確か、私が酔っていたからここに泊まると言っていた気がする。 ということは、ここはあのレストランの上階のホテル……? きっとそう。 きっとそうだけれど…………それにしても、この状況はいかがなものか。 沢山迷惑をかけた気がする。 自分の醜態を次々と思い出して、思わず両手で顔を覆った。 正直、昨夜はとても気分が良かった。 そのせいか色々と饒舌に話してしまったけれど、最後のあれは口走ってしまったどころの話ではない。 だってあんなの、本心じゃないもの。 それに自分から掴んで離さないだなんて、どうかしているとしか思えない。 ダイゴが2度目に席を外したところくらいからあまり覚えていないけれど、恐らく、何も無かった気がする。 体に違和感は無いし、かといってあやふやな記憶しかないものの、多分大丈夫…だと思う…… はっきりと断言出来ないところがもどかしかった。 「……………………ふあ、あ」 「ひっ!!」 眠っていた彼が急に動いたので、驚いて顔を覆っていた両手を離す。 どうやら目覚めたようで、ばっちりと目が合ってしまった。 「ああ、先に起きたんだね」 「……ええ」 微かな声でなんとか返答したものの、体が固まって動けず、目線すら逸らせなかった。 寝起きの少し掠れた声が耳に残る。 心臓はばくばくとうるさく鳴って、今にも飛び出しそう。 ダイゴはむくりと起き上がると、何も言わずに今まで自身が掛けていた布団を私に巻いた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」 そういえばはしたない姿のままだった事を思い出して、私は声にならない叫びをあげた。 布団を持ち上げて、頭ごと覆い隠す。 昨日既に見られてしまっているし、たとえこうなったのが自業自得だったとしても、簡単に割り切れそうになかった。 言及されなかったのがせめてもの救いなのか、それとも茶化された方が幾分かマシなのだろうか。 とにかく、穴があったら入りたい……! でも、いつまでもこうしているわけにはいかないということは分かっている。 このままでは何も進まないということも。 今が何時なのかは分からないけれど、ダイゴは今日予定が入っていたはずだ。 確か、リーグに行くと言っていたと思う。 カーテンからうすく見えた光から推察すると、確実に早朝ではなかったから、もしかしたら既に遅刻かもしれない。 「昨日はかなり酔っていたみたいだけれど、気分はどう?」 「……最悪だわ」 「はは、元気そうでなによりだ」 果たして、どこをどう見たら元気そうに見えるのか。 楽しそうにくすくす笑うダイゴに、私は布団の中で顔をしかめた。 反論したいところだけれど、そんなことよりも先に確認すべきことがある。 「……あの」 「ん?」 「念の為、聞いておく………………昨日は何もなかったって事でいいのよね?」 「何かって…………ああ、もしかして覚えてない?」 「き、記憶に相違がないか確かめたいだけよ!」 「残念ながら何もないよ。僕としては大歓迎だけど」 「なっ」 「お互いもう子供ではないしね」 「〜〜〜っ、ダイゴのすけべ!!大っ嫌い!!」 勢いでつい大嫌いと叫んでしまう。 今までに何度も口にした言葉だけれど、今回ばかりは何故か胸が痛んだ。 果たして、ダイゴに関してか、それとも自分自身に対してなのか。 わからないのに、罪悪感のようなものを感じて、それがもやもやと気持ち悪い。 「おかしいな、昨日は愛してると言ってくれたのに……」 「ちょっと!語弊のある言い方はやめてくれる?!私は好きって言ったの、好きじゃないけど!!!」 あまりに脚色しすぎではないだろうか。 怒りに任せて布団から顔を出したら、ちゃんと覚えていたんだね、なんて言って悪びれもしないあいつが目の前に迫っていた。 首元付近の布団を掴まれ、ダイゴの顔が更に近付く。 それはまるで逃がさないとでも言われているかのように感じて身構えたけれど、至近距離で何を言うかと思えばぶつぶつと小言が始まった。 「お酒を勧めた僕が言えることじゃないのは重々承知だけれど。でも、今後はできるかぎり、僕がいない所での飲酒は控えるように」 「…………言われなくても分かっているわよ」 「世の中の男がみんな僕みたいに弁えているとは限らないからね」 「…………はい」 目を逸らして、小さく呟いた。 確かに、あの状況で私達の間に何もなかったのだとすれば、それはきっとダイゴのおかげだ。 そんなつもりはないけれど、もしかしたらあのまま……もし、万が一、一線を超えてしまいそうな雰囲気になったとして、酔っていた私はちゃんと拒めたのだろうか。 むしろ、彼を離さなかったのは自分の方だというのに。 ほんの少しだけなら大丈夫だと軽率に飲んだ昨夜の自分を呪いたい。 「もちろん、僕の前ならいくら酔っても構わないよ」 「…冗談じゃないわ」 こんなことが何度もあったら身が持たないもの。 なにより、次の日の朝正気に戻った時に、恥ずかしくて耐えられない。 「はは。じゃあ僕はリーグに連絡してくるから、ミサキはシャワー浴びておいで」 そう言ってダイゴは席を外した。 そういえばと時計を探してみれば、もうとっくに10時を過ぎている。 きっと遅れる旨を連絡しているのだろうけれど……これから急いで支度をしたとして、リーグに到着するのは一体何時になるのか。 昨日、私が酔い潰れたりしなければ、トクサネに戻っているはずだったのに…! 自己嫌悪でどんよりした気持ちをなんとか抑えて、私はベッドから降りた。 後悔なんてしている時間があるのなら早く動かなくては。 幸い、荷物の中に帰省用で持ってきていた服があるから、着替えには困らない。 とにかく、私は急いで身支度を済ませにバスルームへと向かった。 (何もなくて良かった……のよね?) 声にならない叫び ← → back |