黒光りする長い車の後部座席で、私はダイゴの隣に(なるべく距離が開くように、できるかぎり端に寄って)座っていた。 そんな私の機嫌はというと、すこぶる悪かった。 当たり前だ、だってショッピングの途中でいきなり連れさらわれたのだから。 しかも久しぶりに再開した幼なじみによって。 変なところで強引なところは昔から変わっていない。 むすっとした顔でそいつの顔を睨みつければ、ふふ、と微笑み返される。 どうしてこんなに余裕綽々なのだろうか。 気にしているのは自分だけのようで無性に腹が立つ。 「私、まだ帰りたくない」 「だめ」 「いや」 「だーめ」 「いーやー!」 いつまでこんな堂々巡りをしていればいいのだろうか。 どうやら、あいつは私を降ろす気は毛頭ないらしい。 それどころかにこにこと笑って、このやり取りを楽しんでいるようにも見える。 ほんっといい性格してるわね! 「そんなに睨まないでくれ」 「………」 「話もしたくないってことかい?」 「………ばか」 「……え?」 「ダイゴの、ばか」 「なんだ、僕のことやっぱり覚えてるじゃないか」 「あっ」 「だってまだ名乗っていないからね。ふふ」 しまった、墓穴! なんてことなの、ムカつくから忘れたふりしていたのにそれが台無しじゃない。 自分の間抜けさに呆れて思わず両手で顔を覆った。 ダイゴに馬鹿とか言っておきながら、本当に馬鹿なのは自分の方だ。 「改めて、久しぶりミサキ」 「……どうして今更帰ってきたのよ」 「まるで帰ってきたらいけないみたいな口ぶりだね」 「だって、もう二度と帰ってこないと思ったのに」 視界が微かに潤む。 必死にこらえて、普段通りの自分を演じた。 だって、7年間一切連絡を寄越さなかったじゃない。 あれから私はずっとずっと会いたいと思ってたのに、それでもさすがに数年経てばダイゴは私と会う気なんて一切ないんだと気付いたし、だから、もういっそのことダイゴのことなんて忘れようとしていたのに。 せっかく大嫌いになったのに。 今更帰ってくるなんて、ずるい。 ……そういう良いとこ取りなところもムカつく! 「ちゃんと帰ってくるって言っただろ?チャンピオンになってね」 「………それじゃあ…」 「うん。やっと、夢を叶えたんだ」 「……!!」 まさか、本当に……? チャンピオンになって帰ってきたの? だって、チャンピオンっていったら、ジムバッジ全部集めて、四天王倒して、それから現チャンピオンも倒さなくちゃいけないはず。 つまり、ダイゴはそれを成し遂げたっていうことで…… 今、ホウエンで最も強いトレーナーが、この男ってこと? 「え、えええ……」 「信じられない?」 「あ、当たり前でしょっ、いきなりそんな現実味のないことを言われても信じろって言う方が無理よ」 「もうだいぶ前のことだけどテレビや新聞でも報道されたはずなんだけどな……まあいいや、じゃあこれ」 そう言ってぴらりと見せられたのは、ダイゴが手持ちのポケモンらしき子たちと共に写っている写真。 どうやらそこはリーグらしく、周りには四天王(いくら私でもそれくらいは有名だから知ってる)、それから、元チャンピオンの人も写っていた。 中央でトロフィーを持っているところから察するに、ちゃんとダイゴはチャンピオンになったのだろう。 ……実のところ、本当はダイゴをメディアで見かけたことがある。 でも、嫌な記憶を思い出してしまうから、彼にまつわる話が出たら聞かないようにしていたし、テレビで見かけてもすぐに画面を消していた。 そんなわたしの様子を見かねたのか、両親も気を使って私の前ではダイゴの話は次第にしなくなっていった。 でもそっか、テレビに出るほどなのだから、チャンピオンになったことくらい察せてもおかしくなかったはずなのに。 ダイゴの情報をシャットアウトしすぎて周りが見えなくなっていたのかもしれない。 「信じてくれた?」 「………」 こくり、渋々ながらも頷く。 こんな決定的証拠を見せられては信じるしかない。 本当に彼は、夢を叶えたのだ。 チャンピオンになるのはかなり難しいことだって、いくら無知な私でも分かってる。 何十年かかっても難しいことだってことも。 でもそれをたったの数年間で成し遂げたのだから、これはとても凄いことなのだと思う。 でも、それでも。 私はあの日のこと、今までのことを許す気にはなれなかった。 いきなり置いていかれた私の気持ちなんて、ダイゴに分かるわけないのだから。 「本当はチャンピオンになってからすぐにでも戻りたかったんだけど、色々な手続きとかたくさんの取材とかで時間がかかってしまって。挑戦者の相手もしなくてはならないし。そうやって慌ただしい毎日を送っていたら更に数年経ってしまったよ。長い間、待たせて悪かったね」 「……別に待ってないもの」 「へえ?俺が旅立った後、何日もずっと部屋に閉じこもって泣いてたくせに」 「な、なんでそれを!」 「おばさんが言ってた」 お、お母さんてばなんてことをバラすのよ…! あまりの恥ずかしさにぷいっと顔を逸らす。 ああもう、さっきから嫌なことばっかり! 「やっと、迎えに来れた」 「え?」 「……いや、なんでもないよ。こっちの話」 「そう」 「そんなことより、当時は数日間も泣くほど僕のことが好きだったのかな?」 「…………え?」 にこにこというよりにやにやとそんな表現がぴったりな顔でこちらを眺めるダイゴに、私はわけがわからないと顔をしかめた。 (ちょっと待って、どうしたらそんな見当違いな思考になるの?) 今、なんて言いました? ← → back |