「ねえ、どうして黙ってるんだい?」

「……どなたですか」



できる限り低い声で、唸るように警戒するように、短く返答する。
きっと今の私の眉間にはシワが寄っているだろう。
可愛くないかもしれないけれど、元から整っているわけではないから気にしない。



「ふうん、忘れたの?僕のこと」

「忘れたもなにも、あなたのこと知りませんから」

「はは、久しぶりの再開だっていうのに酷いなあ」



本当は、知っているけれど。

この人はツワブキダイゴ。
私の唯一の幼なじみ。
年齢は今年で25歳、同い年。
夢はチャンピオンになること。
親の仕事を継がなくてはならないというのに、その夢を捨てきれなくて、18歳の時に旅に出た。
銀色のような水色のような、色素の薄い髪。
すました態度に、洗練された身の振る舞い。
そして…………傍から見ればさわやかな好青年に感じるかもしれないけれど、胡散臭いと思っていた笑顔。

ぼんやりとしていた私の中の彼が、次第にはっきりとしてきた。
けれど、いつだって思い出すのは最後に会った日のことばかりで。
私にとって思い出したくもない、一刻も早く忘れてしまいたい過去だったのに。



「ミサキ、本当は分かっているんだろう?」



そんな風に簡単に私の名前を呼ばないで。
こっちを、私を、見ないで!

……なんて突っぱねてやりたいけれど、そんなことは言えなくて。

嫌い嫌い嫌い、大嫌い。
こいつのことは大嫌い、なんだから。



「ミサキ」



ゆっくりと、手が頬に添えられる。
指輪がひんやりとして気持ちよかった……………………じゃなくて!!



「やめてよ」



ぱしんとその手を払う。
周りにいた女の子たちから、妬みや羨む声がちらほらと聞こえた。
ダイゴはというと、少し目を見開いた後苦笑する。
「素直じゃないなあ」なんて言われてムッとしたけれどそこは私も大人だから耐えた。



「いじっぱり」

「……」

「早く家に帰ろう、母さんたちが待ってる」

「いやよ」

「…………はあ、まいったな」



心底困ったように、腕を組む彼。
それから何か思いついたようにポケットからポケナビを取り出して、どこかへ電話をかけだした。
なにを話しているのかは分からない。
けれど、きっとそれは私にとって良いものではないはず。
こういう時の私の感は割と当たるのだ。

逃げろ。
本能がそう告げた。

すかさず足をダイゴのいない方へと動かす。



「ちょーっと待った」

「きゃあ!」

「何をしてるのかな?」

「わ、私がどこへ行こうと関係ないでしょ!放っておいて!あんたなんか向こうに行って!」

「……まったく、相変わらず口が悪いんだね」

「うるさっ……やあっ!」



腕を掴まれたかと思えば、お次はふわりと抱きかかえられて。
いわゆるお姫さまだっこのような状態で私は今ダイゴの腕の中にいる。

ななな、なんでこんなことに…!
ていうか周りの女の子たちからの殺気が!



「離してーっ!」

「少し黙ろうか」

「は、はい…………ってそうじゃなくてね!?」



一言であしらわれて、でもそのたった一言に押しつぶされそうになる。
いつのまにこんな威厳なんて身につけたの?
昔はいつもへらへらしていたくせに!

そして、そんな思いを巡らせていたところに、黒塗りの車が一台。

……………………………まさか、嫌な予感的中?



「い、いやっ!」



そう叫ぶも、問答無用といった感じで軽々と車へ乗せられてしまう。

私は唇を噛みながら、隣に乗り込んできた男を睨んだ。





(あんたも相変わらず人の意見聞かないわね!)

大大大っ嫌い!



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