これは、聞き間違い。 今聞こえてきたことは全部気のせい。 私の耳が悪かったのと、ダイゴの滑舌が悪かっただけ。 それだけ。 ………………なんて、現実逃避が出来るなら今すぐにしたい。 「さて、ミサキは僕を喜ばせるために一体何をしてくれるのかな?」 先程とは打って変わって、至極楽しそうな顔で笑うダイゴにほんの少し殺意を覚えた。 こんなもの受け入れられるわけがない。 今言われたのはすべて一般的には恋人同士が行うものであって、なんの関係もない私たちがすることじゃないのだから。 「ちょ、ちょっとまって、お互い落ち着きましょう」 「僕は元から落ち着いているよ」 「冷静に考えてみて。私たちはそういうことをする関係じゃないわよね?」 「そうかな?」 「どう考えてもそうです!」 なにその言っている意味がわからないとでも言いたそうな顔は! こっちこそなんでそこを疑問に持つのか聞きたいよ! 「僕たちは婚約者として、そろそろ次のステップへ進むべきじゃないかい?」 「次のステップってなに?!」 「いずれ結婚するなら、色々と手順を踏んでいく必要があるからね」 「……本気で私と結婚するつもりなの?」 「僕がいつ冗談だと言った?ちゃんとプロポーズもしているはずだけど」 「………で、でも、私は好きな人とじゃないと嫌だから…」 「それなら僕を好きになったらいい」 「なるわけないでしょ!」 ダイゴの一方的な言い分にだんだん頭が痛くなってくる。 いいかげん、私の気持ちも考えて欲しい。 私は今まで充分なほど譲歩してきたんだから、あいつも少しくらい譲ってくれてもいいと思うのだけど。 なんでも受け入れていたら、これじゃダイゴの言いなりみたい。 そんなの、嫌なのに。 「さあ、どれにする?」 にこり、ダイゴが微笑みながら催促した。 まるで逃がさないとでもいうかのように間合いを詰められる。 「もしも、全部嫌と言ったら?」 「よし、じゃあ全部しようか!」 「ひとつで結構です!!!!」 …………と、言ったものの、あの選択肢の中からひとつを選ぶのすら躊躇われた。 だって、どれも嫌すぎて選びたくない。 でも選ばないなら全部するとかダイゴは言っているし、どうにかひとつに絞るしか道は残されていないのだけれど。 キス、愛の言葉、抱きしめる。 そのうちのどれか…………なんて、こんなきわどい選択肢、やっぱり全部嫌だ。 自分からしなくちゃいけないというのもつらい。 「そもそもキスは論外でしょ…………」 「初めてでもないのに?」 「そういうことじゃなくて!とにかく駄目なの!」 「それなら、僕に愛の言葉を囁いてくれるかい?」 「なんでダイゴのこと好きでもないのに言わなくちゃならないのよ……心が篭ってない言葉なんて虚しいだけじゃないの?」 「……それでも、僕は欲しいと思ったんだ。君の言葉が」 「……理解できないわ」 好きとか、そんな軽率に言っていいものじゃないと思う。 友達としてじゃなく、異性としてなら尚更駄目。 ましてやこれは罰なのだから、もっとたちが悪い。 「まあ今はわからなくてもいいさ。とりあえず今回は残りのひとつで決まりだね」 「……ものすごく不本意なんだけど」 「そうでなくちゃ罰の意味が無いだろ?」 「よりによってあんな選択肢じゃなくても…!」 「僕がされて嬉しいことで、なおかつミサキが嫌がることといったら限られてくると思うけど…」 「…………あなた欲求不満なんじゃないの?」 じとり、最大限の悪意を込めて睨みつける。 変わらずにこにこと笑っているところを見ると、たいして効果はないようだった。 「そうかもしれないね。ミサキが全然構ってくれないから」 「私のせいにする気?!」 「ミサキも積極的に僕を求めたらいいんじゃないかな」 「待って、本当に何言ってるか理解できない」 「頭で理解できなくても体が覚えてくれればいいから、ほら、おいで」 「え、あ、ちょっと、待ってまだ心の準備が……っ」 必死の制止も虚しく私はベッドへと引きずり込まれた。 本当にダイゴは、こういう人の話を聞かないところ直した方がいいと思う。 (待ってって言ったのに!) 嘘でもいいから愛されたかった ← → back |