「…………っていうことがあったんだけど、さ」

「ああ、それで、つまり?」

「何が言いたいかっていうと、照れながらありがとうって呟くミサキが可愛かったんだ……!」

「…………大丈夫かい、頭の方は」



はあ、なんて目の前のミクリがため息をついた。

今僕はルネシティにあるミクリの家に来ている。
数日前の僕とミサキの揉め事についての文句を言いに来たつもりだったけれど、いつのまにかうちの嫁自慢みたいなことになっていた。
まあ、実際はまだミサキは嫁じゃないのだけど。



「失礼な、僕はいつだって正気だよ」

「ミサキが可哀想だよ。こんな男に捕まって」

「どういう意味かな?それは」

「さあ?自分の胸によく聞いてみるといいよ」



まあ、確かにあの時は少し乱暴にしてしまったけれど……
それはすごく後悔してる。
でも、久々にやわらかいミサキの体を抱きしめられて、少し満足感が得られたっていうのも事実だ。
細い腰を引き寄せて、自分の足の上に跨らせて。
あの時は嫉妬で狂いそうだったけれど、今考えると、あの体勢はとても幸せなものだった。
もしかしたら、これから先もう二度と味わえないのではないかと思う。
いつか、ミサキが僕のことを好きになってくれたら…………また、触れられるかもしれないけれど。

そんなの、いつになることやら。
むしろ今の状態だとそんな日が来るのかどうかも怪しい。



「だいたい、君がミサキにマントなんて貸すから話がややこしくなったんじゃないか」



マントを借りたから匂いが移ったっていうのは、その後ミサキから聞いたことだった。
ことの発端がわかって、あの時は安心した。



「しかし、よく気が付いたね」

「そりゃ気付くよ、いつものミサキの匂いじゃなかったんだから。それによりによってミクリのだったしね」

「友である君にこんなことを言うのは気が引けるが、正直に言って気持ちが悪い…」

「ひどいな」



一体誰が元凶だと思ってるんだ、誰が。



「君のせいで僕はまた大嫌いって言われる羽目になったんだ。慰謝料請求したいくらいだよ」

「ダイゴが勝手に勘違いをして喧嘩になったんだろう?自業自得じゃないか」

「それは……好きな子が他の男の匂いをさせていたら、心中穏やかでいられるわけないだろ?」

「そもそも、私だと分かった時点で察して欲しいね。君が昔から大事にしていると知っているのに手を出すわけがないだろう。そこまで飢えていないよ」

「…………まあ、あれだけジムで女性をはべらせてたらそうだろうけどね」



そう言いつつ、ルネジムの様子を思い出す。
あのややこしい氷の仕掛けの下に待ち受けているトレーナーたちは全て女性だ。
それにジムリーダーとしてだけじゃなく、ミクリはコンテストマスターとしても有名だから世間からも相当な支持を受けている。
それらを構成するのは主に女性で、ミクリからは常に女性の影が消えたことはなかった。



「さすが色男」

「ダイゴには言われたくない言葉だよ」

「いやまあ僕だって女性に困ったことはないけれど…………でも僕はミサキ一筋だからね」

「そうかい、私はその言葉をもう何度聞いただろうね」

「はは、いくらでも語れるよ」

「はあ……のろけ話ならよそでやってくれ」



またひとつ、ミクリが溜め息をつく。
流石と言うべきか、その仕草さえも様になっていて、女性は彼のこういうところに惹かれていくのだろうか。



「そういえば溜め息ばかりつくようになったね」

「…………君の方は幸せそうでなによりだよ」

「そのジト目は何が言いたいのかな?」

「どこかの誰かが懲りもせず頻繁に、無理矢理事を進めた婚約者との話を持ち込んでくるおかげで、私も疲れが溜まっているのかもしれない…ということさ」

「羨ましがったってミサキは渡さないよ」



そう、いくらミクリといえども渡すわけにはいかないんだ。
僕は何があってもミサキを手に入れてみせる。
たとえ今は望みが薄いとしても、いつか、きっと。

彼女は素直じゃないから何年かかるか分からないけれど、必ず僕のことを好きだって気付かせるから。



「さてと、そろそろ帰らないと僕の可愛いミサキが寂しがるからお暇するよ」

「……ミサキが、寂しがる?まさか幻覚が見えるようになるほど盲目とはね」

「はは、なんのことかな?」

「君、そんな調子で本当に大丈夫なのかい?」

「うーん……まあ、急ぐこともないしね。なんといっても同棲中だからいくらでもチャンスはある。いつか惚れさせて見せるさ」



そう、いつか。
振り向かせてみせるよ、絶対に。





(いじっぱりだから分かりにくいだけで、彼女は彼女なりに可愛いところもあるんだよ)

恋は盲目っていうけれど



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