ただいま、そう言って私が帰宅したのは辺りがすっかり暗くなってからのことだった。
ソファに座って石を磨いているダイゴが視線だけをこちらに向ける。



「おかえり」

「うん。予定より遅くなっちゃった」

「まったくだよ。暗くならないうちに帰っておいでって言ったのに」

「あー、ええと、ごめんね」

「……楽しかったかい?」

「ええ」

「…そうか」



なんてことはない普段通りのやりとりだ。
けれど、彼の言葉の一つ一つが刺々しいように聞こえてしまって、どうしようもなく緊張する。

いや別に何もやましい事はしていないし、仮にしていたとしてもあいつには関係の無いことだし。

…とは思いつつも、帽子とバッグをいつもの場所に戻しながら、どうしたものかと考えあぐねていると、ダイゴが「お風呂とご飯の用意は出来ているよ」なんて声を掛けてきた。
まさかそこまで家事してくれていたなんて思わなくて、なんだか少し申し訳ない気持ちになった。
昔からなんでも器用にこなす奴だなとは思っていたけれど、こうも完璧に対応されてしまうと、周りが持て囃すのもわかる気がした。



「ええと………先にお風呂入らせてもらおうかしら」

「どうぞ」

「ありがと」

「…………ああ、ちょっと待って。やっぱり、お風呂入る前にこっちに来て」

「……なに??」



おいでおいで、と手で合図される。
私は少し不審に思いながらもダイゴに近付いていった。

……それにしても、マグカップの事はいつ言おうか。
今言った方がいいような気もするけれど、まだ心の準備ができていないし、だからといって先延ばしにするのはどうかと思う。
常識的に考えて、お礼なら早めの方がいいっていうのは分かってはいるのだけれど……
でも言い出すタイミングがどうしても掴めない。
人と会話をするのって、こんなに難しいことだっけ?

一体どうしたら、なんて脳内でぐるぐると悩んでいるうちに、いつのまにかダイゴの目の前まで来ていた。
あわてて立ち止まった途端にぐいっと腕を引っ張られて、あいつの上に倒れ込む。
反射的に離れようとしたけれど、それよりも早く腰に腕が回って固定されてしまった。
どうやらあいつは私の髪の匂い(?)を嗅いでいるようで、時折すんすんと微かな音が聞こえてくる。

しばらくぽかんと口を開けていたけれど、ダイゴの顔が首筋に近付いてきたので、私はその時ようやく非難の声をあげた。

ちゅ、と柔らかい唇が首筋に触れて、顔が急激に赤く染まる。



「ちょ、ちょっと!」

「……ん、」

「セクハラで訴えるわよ!」

「ああ、いいよ」

「はあ?!開き直るのも大概に…」

「そんなことをしても僕達は表向きには婚約者同士なんだから、痴話喧嘩と思われるのがオチだろうね」

「うっ……」



そんなこと言うなんて、卑怯だ。

構わず密着してくるこの男を今すぐにでも引き離したかったけれど、抵抗してもびくともしなかった。
いつまで私はダイゴの上に跨っていればいいのかと眉間にしわを寄せたところで、向こうが口を開いた。



「ミクリとどこへ行ってたの?」

「えっ!?」

「……ああ、そういえばミナモに行くって言っていたね。それじゃあ質問を変えよう。今日はミクリと何をしてた?」

「ど、して、それ……」



どうしてそれを知っているの?と聞きたくても、うまく言葉にならなくて、私は口をぱくぱくと動かしていた。
どき、どき、心臓の音が速まる。
心なしかあいつの声のトーンがいつもより低く聞こえてきて、少しこわいと感じてしまった。



「え、あの、どうして……」

「どうして?こんなにミクリの匂いをさせて、僕が気付かないとでも思ったの?」



くん、と私の襟元に鼻を寄せて、ダイゴが言い放つ。

しまった。
そんなに近くにいたつもりないのに、いつのまに匂いが移っていたのだろうか。
思い当たる節といえばマントを借りた時くらい……それにしたって、そんなに簡単に移るもの?
自分ではまったく分からないのに。

確かにミクリは独特のいい香りがするけれど、それをすぐに当てるダイゴもダイゴで少し気味が悪いと思う。



「ねえ答えて」



ダイゴの顔は、いつになく真剣だ。



「今日ミサキは、」

「…………」

「ミクリと、何をしてた?」





(そんなことダイゴに関係ない。……なんて、言える雰囲気じゃなかった)

いつになく真剣な顔をして



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