「うーん……?」 両手に黒と白のマグカップを持ち、眉間にシワを寄せる。 私はとあるお店の中で、ものすごく迷っていた。 それはもう、ものすごく。 右手で持っている白のマグカップ。 左手で持っている黒のマグカップ。 どちらもデザイン自体は同じなのだけれど、どうしても決められない。 ミクリはといえば「気が済むまでゆっくり悩むといい。女性の買い物はそういうものだよ」だなんて優雅に言っていたけれど、そう長く待たせるわけにもいかないので、早く決めなくてはならない。 でもそう思えば思うほど、どちらがいいのかよく分からなくなっていった。 そもそも買うものをマグカップに決めるまでだってそれなりの時間がかかっているのに、色を決めるのにも時間がかかるなんて、私ってどれだけ優柔不断なのだろうか。 「ねえミクリ、あいつどっちが好きかなあ」 「黒と白なら、黒じゃないかい?」 「黒?」 「いっそのこと両方買って、お揃いで使ったらいいじゃないか」 「ええー………それ、なんだかカップルみたいで嫌…………」 「しかし、その方がより喜ぶと思うよ」 「うーん……」 お揃い。 その言葉に抵抗があるのは何故だろう? 昔、ダイゴがまだカナズミにいた頃は、お揃いのものをいくつか贈られたりもしたけれど。 でもこうして一緒に住んでいる今となっては、私からこういうものを贈るのって、なんだかあいつを婚約者として認めたみたいで悔しかった。 そこまで深く考える必要はないと思うのだけれど、どうもしっくりこない。 ただプレゼントするだけ。 それだけ、なのにね。 ……よし、と勢いをつけて私はマグカップを二つレジへと持っていった。 そしてお会計をカードで済ませて、店内を出る。 「ひとつ2万のマグカップを買う人なんて初めて見たよ……」 「このブランドのものなら安い方でしょう」 「はは、君たちの金銭感覚にはついていけないな」 「そうかしら?」 私は普段からそんなに無駄遣いしているつもりはないのだけど…… 「それにしても、君から連絡があった時は驚いたよ。まさかプレゼントを買いたいから付き合って、だなんてね」 「…………だって、男の人の好みなんてわからないんだもの」 私には今のダイゴの好きなものなんて分からない。 かろうじて分かる物といえば、相変わらず石が好きな事と、はがねポケモンが好きな事くらいだろうか。 だから今日だって、忙しいはずなのに無理を言ってミクリに付き合ってもらったのだ。 「エネコのお礼か…………予想外だな、ダイゴがはがねタイプ以外のポケモンを贈るなんて」 そう、このマグカップはエネコをくれたことへのお礼。 ちょうどパートナーが欲しいと思ったタイミングだったから、すごく嬉しかった。 受けた恩は恩で返すって、当たり前のことでしょう? いくら私だって、あの大嫌いなダイゴが相手だったとしても、お礼はきちんとするわ。 「私もそう思った。あいつなら必ず自分の好みを押し付けてくる気がするのに」 「ふふ、つまり君の事を考えて選んだという事。それだけ大切に思っているという証明じゃないかい?」 「まさか。そんなわけないでしょう」 「…………不憫だな、あいつも」 用事も済んでしまったので行くあてもなく歩いていたところに、ふう、とミクリが息を吐く。 彼の言う不憫の意味が全くと言っていいほど理解できなかった。 本当に不憫なのは、無理矢理キスされたり婚約させられたりして、散々な生活を送っている私の方ではないだろうか。 ……なんて、いくらミクリ相手でも恥ずかしいから言わないけれど。 「まだ出航まで時間あるし、これからカフェでもどうだい?」 「ええ、いいわね」 ちょうど喉も乾いたことだし、と続けると、彼はおすすめのところがあるのだと言って案内してくれた。 ひゅう、風が吹いてミクリのやけに長いマントがはためく。 変装用……というよりはお出かけ用だと前に言っていたけれど、いくらなんでも温暖な地域であるホウエンでは暑苦しいのではと思う。 とはいえ、ルネはホウエンの中でも比較的涼しい場所だから、地元では気にならないのだろうけれど…… 「ところで、ミクリは暑くないの?いつでもそのマントを着用しているけれど」 「慣れたさ。出かける時は外せないね」 「ふうん」 「気になるなら着てみるかい?」 そう言って自らマントを外し、私に掛けてくれる。 さすがは成人男性と言うべきか、私が着てもぶかぶかだった。 裾の方は地面についていて、とても不格好だ。 「いつも思っていたけれど、ミクリっていい匂いするよね」 「お褒めに預かり光栄だよ」 「どこの香水を使っているの?」 「秘密」 「ええーっ」 「当ててごらん?」 「……絶対当てられないの分かってて言ってるでし ょう」 「ふふっ」 「もー!」 (でも。ダイゴの匂いの方が安心する…………気が、する) ミクリとショッピング ← → back |