食卓に出てきたのは、まるで高級レストラン等で出されるような、見た目が綺麗に整えられたパスタだった。
付け合せのサラダやスープまで丁寧に盛り付けてあって、おいしそうな香りに食欲がそそられる。



「…………おいしい……」



あのダイゴがまともな料理を作れるなんて、失礼かもしれないけれど信じ難い。
ひとくち口にしてみれば、パスタの味はたいしたもので。
ぽろりと思わず出た言葉は素直な気持ちだった。
ダイゴはというと、カトラリーに手も付けず、心底安堵したような表情を浮かべてこちらを眺めている。



「パスタもおいしいし、スープもおいしい。ダイゴにこんな特技があったなんて…」

「特技と言えるほどのことでもないよ。作れないものの方が多いしね」

「そういえば、昔から何でも器用にこなしていたわね」

「はは、買い被り過ぎじゃないかな」



いつだってあいつは余裕だ。
何をやってもそつなくこなして、皆が求める以上の結果を残す。
家柄に見合う教養を身に付けるために、きっとたくさんの努力もしたのだろう。
先程少しでもダイゴの料理に不安を覚えた自分が恥ずかしく思えてきた。
味でも見た目でも私の方が劣っているだなんて、さすがにそこまでは思わないけれど…………
なんだか、何かに負けたようでとても悔しい。



「ねえ、僕の事を見直した?」



不意にダイゴが尋ねてくる。
そんなことを聞いてどうするの?と言いたい気持ちを抑えて、真面目に答えてあげた。



「まあ……少しはね」

「じゃあ惚れ直す?」

「いや、そもそも惚れてないから」

「相変わらずつれないな。たまには優しくしてくれてもいいのに」

「優しくされたいなら他を当たってください」

「ミサキじゃないと駄目なんだ」

「…………私?」

「うん」

「…………」



迷いなく肯定するあいつに呆れて溜息をつく。

私に優しくされたいって、どういうこと?
どうせ、7年間女の子にちやほやされて過ごしてきたんでしょう?
昔だってそうだったもの。
あれだけの資産に、あの申し分無いルックスならたくさんの女の子が群がる。
この間ミナモへ買い物に行った時だって、数々の女の子がダイゴのことをちらちら見ていたし、改めてダイゴはモテるのだと実感した。

…………でも、私もだなんて。
それだけじゃ物足りないってこと?



「女の子が好きならいっそのことハーレムでも作ったらどう?」

「…………それ、本気で言ってる?」

「ダイゴなら寄ってくる女の子の一人や二人……」



その時。
僕の気持ちも考えてよ、なんてあいつがぽつりと呟く。
微かな声だったから聞き取るのもやっとだったけれど、確かにそう聞こえた。
普段と違うトーンの声に心が揺さぶられて、どう返事をしたらいいのか分からない。

どうして、そんなに複雑そうな表情をするの?
私の何が気に障ったのだろうか。
女の子にちやほやされたい人の気持ちなんて、私に理解出来るわけないのに。



「それ、どういう……」

「…………ごめん、なんでもない」

「……え?」

「別にたいした話じゃないんだ。うーん、飲みすぎたかもしれない。お酒が入ると余計なことを口走ってしまっていけないね。あ、そうだ、ミサキもどう?」



そう言ってワインを勧めてくるダイゴに、何故か違和感を覚えた。
らしくないというか、なんというか。
いつもにこやかで饒舌だけれど、今はもっと…………うーん、なんとも言い表し難い。

そんなに、さっきの言葉を聞かれたくなかったという事?



「お酒飲むとろくなことにならないから遠慮しておくわ」

「過去に何かあったのかい?」

「さっきのダイゴと同じ。余計なことを口走ってしまうから」

「ふうん、酔ったついでに悩み事のひとつでも聞かせてくれたらいいのに」



ふと、以前酔い過ぎた時のことを思い出す。
…………あんな醜態、絶対にダイゴの前で晒したくなかった。



「そういうダイゴは悩みあるの?見るからになさそうだけど」



だって、あいつには富も権力も名声もある。
老若男女問わず人気だってあるし、自力で夢も叶えてる。
今までの人生は十分過ぎるくらい順風満帆そうだけれど。



「僕だって人間なんだから悩む事くらいあるさ」

「たとえば?」

「んー、そうだなあ、ミサキを早く落とすにはどうすればいいかな、とか」

「…………馬鹿じゃないの」

「大真面目なのに」

「いくら家の為だからって、しつこい」

「あー……まだそんな勘違いしてたんだね」

「勘違いなわけないじゃない」

「勘違いだよ」

「はあ?だってそうでなければダイゴが私なんかと――――」



結婚するなんて言い出すわけないでしょう?
……そう言おうとしたのに、あいつの言葉に遮られてしまった。



「僕がミサキを好きだって言ったら、今までのことも合点がいかないかな」

「…………笑えない冗談ね」



ひどい。
本当にひどい。
こういう事は冗談でも言っていい話ではないし、そもそも好きという気持ちをなんだと思っているのだろうか。

だんだん腹が立ってきて、口を開いたら悪態ばかりついてしまいそうになった私は、それをどうにか落ち着かせようとスープを口に含んだ。


……だって勘違いするもなにも、それ以外に考えられないもの。





(ダイゴの言葉なんて、絶対に信じては駄目)

好きだなんて、そんな嘘



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