「君のパートナーはやけに遅くないかい?」なんて隣のミクリが呟く。
彼がそう言うのも当たり前で、ダイゴが去ってから既に1時間程が経とうとしていた。
少しって言っていたのに、これは一体どういうことなのか説明願いたい。



「語弊のある言い方しないでちょうだい」

「どうして?生涯のパートナーじゃないか」

「…………そんな大層なものでは、ないの」



彼は不思議そうな視線を送ってきたけれど、私は静かに目を伏せた。
夫婦といえば愛し愛されてお互いを支え合い共に生きる尊いものだけれど、私達の間に愛は無に等しい。
果たして、本当にそんな関係を生涯のパートナーと言えるのだろうか?



「おかしいな、ダイゴの事を愛していないのかい?」

「まさか。あんなの好きじゃない」

「んん?……ということは?」

「私は無理矢理婚約させられたのよ」

「………………」

「………………」

「………………」



しばらく沈黙が続く。
ミクリは悩ましげに眉根にしわを寄せて、左手を額に当てていた。
無理はない、当事者である私だってこの事については悩みが尽きないのだから。



「…………なんとなく事情は理解した」

「飲み込みが早くて助かるわ」

「婚約発表を聞いて、私はてっきりミサキがやっとダイゴのことを受け入れたのだとばかり思っていたのに違ったようだ」

「やっと?」

「だってあいつは昔から…………いや、昔から2人共仲が良かったじゃないか」

「まあ昔はそうよね。若い頃は3人でよく顔を合わせていたけれど、今は違う。みんな大人になったのだから……それに、最初に離れていったのはダイゴの方だもの」

「まさか、君がまだあの時のことを引きずっているとはね」

「……7年よ?あれから7年も連絡無しだったのよ?ミクリとは会っていたくせに!」



思い出すととても腹立たしい。
数日前ダイゴに抱き締められたときは、本人が目の前にいるなら昔のことなんてどうでもいいかと納得しかけたけれど、やっぱりふとした時に思い出す。
私がどれだけ悲しんで、どれだけ傷付いたのか。
決断をどうしても変えられないのなら、せめて心の準備くらいさせてくれてもよかったのに。

もしも、この婚約の相手がミクリだったなら、こんなに反対していない気がする。
何よりも女性を大切にするし、扱いもよく分かっているし。
無理強いもしないだろうから、きっと今よりずっとずっと幸せにしてくれたと思う。

…………とはいえ、やっぱり結婚するなら好きな人とという気持ちに変わりはないのだけれど。



「あーあ、ミクリとだったら幸せになれそうなのにな……」



ぽつり、思っていた事が口から出てしまった。
もしかしてこの人なら好きになれたかもしれない。
…………なんて、私は友人相手になんてことを考えているんだろう。
友達を恋愛対象にするだなんてできない派なのにね。



「やれやれ、痴話喧嘩に私を巻き込まないでくれ」

「ごめんね、冗談だから気にしないで」

「たとえ冗談でも、もう二度と言ってはいけないよ。ダイゴに聞かれたら大事だろう」

「……僕が、なんだって???」

「「!!!!」」



まるで計ったかのような絶妙なタイミングで、あいつがひょっこりと姿を現した。
やけににこにこしていて気味が悪い。
もしかして聞かれていたかも、なんて内心は少しだけ焦っていた。

それにしても、いつの間に戻ってきたのだろう。
突然の登場にびっくりして飛び退けば、ダイゴはおまたせと言いつつ席についた。



「遅かったじゃない」

「ああ、ごめん。それより、まさかミクリがいるとは思っていなくて驚いたよ」

「たまたまさ。今日はミナモで行なわれるコンテストの特別審査員で呼ばれていてね……君ともじっくり話したい事があるけれど、そろそろ時間なのでお暇させてもらうよ」

「ミサキの相手をしてくれてありがとう」

「いや、礼を言われる程のことではないよ。それより――――――――」



かたん、ミクリがゆっくりと席を立つ。
その動作も様になるというか、自分で自分の事をエレガントとかワンダフルとか評するだけあって、なにもかもが洗練されていた。
それより、の続きの言葉は何故かダイゴにだけ聞こえるよう囁いていたので、私には聞き取ることができなかった。

私に聞かれるとまずい事?
それって何?

多少気になるものの、それをわざわざ問うのも野暮なのでとりあえず気にしていないふりをした。



「………………わかっているさ」

「ふふ、まあ頑張ってくれ。……それからミサキ、また後で。落ち着いたらルネにも遊びにくるといいよ」

「うん。ぜひ寄らせてもらうね」

「じゃあ、また」



そうして彼は去っていく。
ダイゴと私だけが取り残されて、しばらく沈黙が続いた。
何か話すことはないかと考えを巡らせてみたけれど、先程まで気味が悪いくらい笑顔だったあいつが俯きながら黙っていたので、何も言えなくなってしまった。

もしかして、やっぱりさっきの会話聞かれてた?
それともミクリにこっそり言われていた事が関係してる?

……どちらにせよ、どうしたのなんてこちらからわざわざ声をかけるのも癪だし。

どうしよう?





(沈黙がつらいだなんて、どうしたらいいの)

ふたり、待ちぼうけの後



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