「あっ、ねえ見てあのベッドかわいい」

「ミサキ、諦めも肝心だよ。それにあっちに用はないからね」

「う〜〜〜〜」



腕を引かれながらデパート内を渋々と歩く。
ダイゴってば本当に石頭で困る。
諦めきれない乙女心を少しは理解してくれてもいいのではないだろうか。
いつまでも引きずっている私も大概だとは思うけれど。



「ダイゴが寝具コーナーの近くを通るのが悪いのよ……」

「そうは言っても、エレベーターへ行くには近道なんだから仕方がないじゃないか」

「私のベッド〜〜〜!」

「我儘言わない」

「う〜〜〜〜」



なおも腕を引かれながら歩く。
私は不服そうに顔をしかめ、文句ばかり口にしていた。

実を言うとすでに買い物は終わっていて、あとはもう帰るだけ…………だと思っていたのに、どうやらダイゴは違うらしい。
エレベーターを目指して店内を迷いなく進んでいく。
そうして辿り着いた先は、屋上のテラスだった。



「用事を済ませてくるから、少しだけここで待っていて」

「……わかった」

「ありがとう。荷物もよろしく頼むよ」

「うん」



私も連れていけばいいのに、わざわざ置いていくなんてどんな用事だろう?なんて頭の片隅で疑問に思いつつ、椅子へ腰掛ける。
あいつはにこやかにお礼を言うと、軽やかに去っていった。

ふう、と一息をついてテーブルに肘をつく。
暇を持て余してくるりと周囲を見渡せば、周りはほとんどがポケモン連れで。
いいなあとぼんやり思いながら、少し離れたところにいる小さな女の子を見つめた。
しゃがみこんでマリルを撫でているその子は、すごく幸せそうだ。

私は今まで自分用のポケモンを持ったことが一度もない。
もちろん、欲しいと思ったことがないわけではないけれど、どうして持っていないのかと言われれば特に理由もない。
確かに実家では両親のポケモンと仲良く暮らしていたし、でもそれはあくまで両親のパートナーだから。
羨ましいとも思うけれど、まあ強いて言うなら、タイミングを逃したというかなんというか……それに彼らってたくさんの種類や個性があるのに、その中から自分だけのパートナーを見つけるのってとても大変そう。
自分で旅をしたり捕まえたことがないからそう思うのかもしれない。
でも、ダイゴのエアームドを見ていたら、私もポケモンを持ちたいなと改めて思ってしまった。
あんな風に信頼できる相手がいるのって素敵だなぁ、なんて。

今度ダイゴに捕まえるのを手伝ってもらおうか。
なかには売られてる子達もいるけれど、お金の力でパートナーを買うなんて嫌だもの。



「おや、ミサキじゃないか」

「え?」



不意に誰かから声がかかる。
考え事をしていて目の前に人がいたなんて全く気付かなかったけれど、この声、変装の為の怪しげなサングラス、そして白く特徴的なマントを纏ったこの優男は…………



「久しぶりだね。まさかこんなところで再会するなんて思わなかったよ」

「あ、ああ、うん」

「ん?もしかして私が分からない?」

「いや分かる。分かるけれど、そのあからさまな変装はどうにかならないのミクリ……」

「身を隠している割にはとってもビューティフルだろう?」

「そうかしら……?」



いつもこの調子なので、最早突っ込んでも無駄かもしれない。
……そう、私に話しかけてきた輩はミクリだった。
彼との出会いはいつ頃だっただろうか。
確か、幼い頃にダイゴの友人だと紹介されて、それからよく3人で会うようになって……
水のアーティストと呼ばれる彼は、多才で顔が広く、女性からはまるでアイドルかのごとく絶大な人気を誇っている。
大人になってからも、個人的な付き合いとは別に、たまにパーティーなどで顔を合わせることがあった。
ルネシティのジムリーダーを務めているうえにコンテストマスターでもあるので、かなりの多忙らしいけれど、私にとっては今でも定期的に連絡を取り合っている貴重な男友達だ。

しかしこのバレバレな変装はもう少しどうにかならないものかと、お忍び姿の彼に会うときはいつも思う。
ほら、あっちの子だってちらちらとこちらを伺っているじゃない…………これって変装している意味、ある?



「そういえば聞いたよ。やっとダイゴと婚約したんだってね」

「っ!!?」



唐突な台詞にびくりと硬直する。
友人の口からそういった話題が出ると、どうにも気まずいものがあった。



「どうしてそれを知って……?」

「知ってるもなにも、あれだけ大々的に報道されていれば当然だろう」

「ああ、うん…そうでした………」



がくりと項垂れて、先日のことを思い出す。
そういえばあの場所には記者もいたし、翌朝にはもう色々なメディアで報道されていた。
大きな会社同士の縁組みなので、注目度も大きい。

……どうりで、ダイゴと一緒にいると周囲の視線を浴びるわけだわ。



「君のその様子から察するに、今日はダイゴも一緒かい?」

「うん、まあそんなところ。今は少し席を外しているけれどね」

「そうか。ならせっかくだし、あいつが戻ってくるまでの僅かな時間、お相手させてもらおうかな」

「本当?退屈していたから嬉しい」



そう言ったら、女性を退屈にさせるだなんてダイゴもまだまだだな……なんてミクリは嘆いていた。

大袈裟だけれど、フェミニストな彼らしい発言だ。





(さて、どんな話をしようかな)

水のアーティスト



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