「ミサキ」



コンコン、私の部屋のドアを叩く音がする。
何事かと本から視線を移せば、聞き慣れた男の声がした。



「ダイゴ?」

「うん、そう」

「ちょっと待って、今あける」



そう言って部屋に通せば、彼は「もしかして読書中だった?」なんて、今まで私が座っていた椅子に視線を向ける。
近くには、当然のことながらテーブルもあって。
その上に本が2冊置かれていた。



「ああ、うん、まあ」

「悪いね」

「嘘つき、悪いとか思ってないでしょ」

「まさか。思ってるよ、ふふ」



めちゃくちゃ嘘臭い笑顔を向けてくるこの男、ダイゴと私は、いわゆる幼なじみというものだった。
家は隣だし(敷地が広いから実際にはそう感じないけれど)、年齢も同じ、学校だって同じ。
家柄だって、まあダイゴの家には適わないかもしれないけれど、私の家だってそこそこ良い方だ。
つまり、私たちは良いところの御曹司、御令嬢といったところで。
昔から家族ぐるみでの交流が多かったせいもあってか、お互いが隣にいるのが当たり前、とまで思っていた。

きっと、これからも一緒。

………もちろん、このままでいられないのは分かってる。
お互い、もうじき大人になるのだから良い相手を見つけなくてはならないし、そうしたら私達は別々の人生を歩んでいくことになる。
裕福な家庭で育つ身として、それはきちんと分かっているつもりなのだけど………



「ミサキ」

「なに?」

「……ごめん」

「??本のことならもういいよ」

「違うんだ、」



普段滅多に見られない真面目な表情に、ずきずきと胸が痛んだ。
どうしてなのか分からないけれど、何故か私にとって悪い報せのような気がする。

………いやだ聞きたくない。

お願い、喋らないで、



「旅をする事にしたんだ」

「………え…」



どうして、という言葉が出てこなかった。
ただ、今の彼の言葉が、頭の中をぐるぐる回って、支配して。



「やっと夢を叶えるための準備ができた。だから、僕は行く」

「ゆ、め……」

「各地を回って、バッジを集めて、いつか…チャンピオンに」



そういえば、このホウエンでチャンピオンになることが夢だって、昔に耳にしたことがあった気がする。



「いつ……行くの?」

「今日」

「え………今日?!はあ?!」

「うん、ごめん」



苦笑したダイゴに、少なからず殺意が芽生える。
どうしてこんないきなりなんだ。



「どうして今まで黙ってたの?!」

「……………」

「っ、なんとか言ったらどうなのよ馬鹿男!」

「口が悪いよ」

「うるさいっ、誰のせいだと思って、」

「……言ったら離れられない気がして。ミサキの顔を見たら、きっと決意が消えてしまうから。だから僕は……」

「……ひっ、く……」



くたりと床に座り込む私を、彼は静かに見下ろしていた。
泣いている私を愚かだとでも思っているのだろう、そんな男だコイツは。
私のことなんて、きっとミジンコくらいにしか思ってないんだ。
そのくらい、ダイゴにとっては小さい存在なんだ。

どうして私、今まで気付かなかったんだろう。
これからも一緒だなんて勝手に思い上がって。
本当に、愚かだ。



「チャンピオンになって、帰ってくるよ」



そう言って彼は部屋を出た。
別れの言葉さえ言えずに、私はただただ俯いていた。





(今はもう、褪せた思い出)

とある昔のお話



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