とん、とん、とん。

同棲生活二日目の朝。
今朝は和食が食べたいなんていうあいつのリクエスト通り、私はお味噌汁の具のひとつであるネギを切っていた。
隣では、ダイゴがコンロを覗いて焼き魚の様子を伺っている。

これではとても御曹司と御令嬢とは思えない姿だ。



「ねえ」

「なに?」

「そのエプロン、とても似合っているよ」

「……はいはい」



先程このエプロンのことでひと悶着あったばかりだというのに、まだそんな台詞が言えるのか。

……と言っても、そんな大したものではないのだけれど。
ただ、朝食を作ろうと思っていたところにダイゴが持ってきたものが、白を基調としたフリルやレースたっぷりのエプロンだったから、恥ずかしさのあまり抵抗してしまっただけで。
本当はそういうの好きだし見ているだけでも楽しい。
…………でも、自分が着るのはわけが違うから。
自分がもう少し若かったなら着ていたかもしれないけれど。
それでも、やっぱり少し興味があったから、最終的にはダイゴのゴリ押しに根負けして着ることになったのだ。

似合わないと言われるより、似合うと言われた方が断然いいはずのに、こうして改めて言われるととても照れくさい。



「ミサキは昔から女の子らしいものや可愛らしいものが好きだったね」

「顔や性格に似合わずって言いたいの?」

「ふふ、そうじゃないよ。昔と変わっていなくて、安心した」

「……理解に苦しむわ」



くすくすと笑い続けるあいつにむっと顔をしかめる。
とても不愉快なのに、それを表情に出したらもっと笑われた。

……そして、そういえばと思い出したのは昨夜決めた家事のこと。
ダイゴはチャンピオンとしての業務があるうえにこれからデボンの仕事も少しずつ引き継ぎ始めるらしいから、留守にすることも多いかもしれないって言っていたし、ほとんど担当するのは私だ。
だって私は仕事をしていないし、これからは一日中1人で暇を持て余すことになる。
どうせ他にすることも無いから、ダイゴも負担してくれるとは言ったけれど、ほとんどのことを丁重にお断りした。
でも、家にいるときくらいは手伝うと言っていたから、その時は遠慮なく男手を使わせてもらおうと思う。

そもそも、私が何故25歳にもなって就職をしていないのかといえば、親が猛反対したからで。
いつか結婚する相手に出会う時まで、仕事よりも花嫁修業をした方が断然いい…という古風な考えだった。
だから一般的なことから、こんなことまで覚えなくてはないのかと思うようなことまで色々なことを学ばされたのだ。



「それにしても手際がいいね。ミサキがきちんと花嫁修業してくれて良かった」

「たくさん勉強したもの」

「君は根が真面目だからね」

「…………って、どうしてずっと会っていなかったのに知っているの?」



私が色々な勉強を始めたのは、確かダイゴが旅立って少し経った頃だった。

最初はあいつに対してすごく憤りを感じていたから、やけになって勉強ばかりしていたっけ。
新しいこと、知らないことを覚えるのは楽しかった。
何かに熱中することで、ダイゴがいなくなった寂しさを紛らわすのにも役立っていたと思う。
それに、今までずっと使用人に頼りきりだったから、自分の力で出来ることが増えるのは、すごく嬉しかった。

今では恐らく大抵のことは1人でこなせるはず。
実家にいると、やっぱり頼ってしまうことが多いけれど。



「それはもちろん僕…………いや、なんでもない」

「なにその意味深な言い方!」

「これ持っていくね」



わざとらしく話を逸らして、あいつはご飯やおかずをテーブルへと運びに行った。
私も今完成したばかりのお味噌汁をよそい、後に続く。



「どうしたの、すごく機嫌が良さそうだけど」

「うん、こうして君の手料理が食べられるなんて幸せだなって」

「なっ、く、口に合わなくても知らないから」

「そんなことないと思うよ」

「……どうして言いきれるのよ」

「ミサキのことだから僕の好みくらい把握してくれているだろうしね」

「7年で味覚が変わっているかもしれないじゃない」

「そうかもしれないけれど。というか、そもそも味なんて関係なくて、ミサキが僕の為に作ってくれたという事実が嬉しいよ」

「………………ばか、みたい」



そんな気障な言葉、ドラマや小説の中でしか聞いたことがない。
とても馬鹿馬鹿しいと思うのに、どうして顔が熱いのだろうか。

私は火照った顔を誤魔化すために、いただきますと早口に言ってお味噌汁をひとくち含んだ。



「午後は買い物へ行こうか。昨日買いきれなかったものもあるし」

「…………うん」





(どうしてこんなに動揺してしまうの)

味なんて関係なくて



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