「…………ふう」



ちゃぷん、水が跳ねる音がする。
ようやくひとりきりの時間だ、と私はお風呂で一息ついた。
両手でお湯を掬えば、実家から分けてもらったサイトウ家御用達のバスオイルの香りがふんわりと広がる。
瞳を閉じて、最近の出来事を振り返った。

……今日もいろいろあったなあ。
というか、ダイゴがカナズミへ帰ってきてからというものの、とにかく時間があっという間に過ぎていく。
平凡だった日常が彼によって変えられていく。
たくさんの出来事に頭も心もついていかなくて、精一杯抵抗をするのに、結局なんだかんだと言いくるめられてしまう。

私って実は意志が弱いのだろうか。
……なんて、そんなことはないと思うんだけど……



「出るの、やだな」



きっと待ってる。
寝る準備を済ませたあいつが。

どき、どき、どき。
耳を澄ませたら、自分の鼓動がどんどん速まっていくのを感じた。
どうしてだろう、私達の間には何もないのに。
…………そう、ただ一緒に寝るだけだもの。
場所が一緒なだけ。それだけ。
なのに、どうしてこんなにも緊張してしまうのだろうか。

ううん……これが普通の反応なんだろうけどね。
でも、投げやりだったとしても一度受け入れてしまったからには約束は守らなくてはならない。



「……よし、」



覚悟を決めて出よう。
さっさと寝てしまえばいいんだもの。
そうしたらすぐに朝になるから。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「おかえり。湯加減どうだった?」



寝室の扉を開いて早々、あいつから声がかかった。

こじんまりとしているものの、やっぱりお風呂はひとりでリラックスできていい。
まあ、そもそも大きさを実家と比べる方がどうかしているのよね。



「……ちょうど良かったわ」

「それはよかった」



にこりと微笑まれてどきどき胸が高鳴る。
なんとも言えない気持ちになって、どうしてあいつなんかに緊張しているのかと慌てて顔をしかめた。
そしてベッドに腰掛けていたダイゴから、おいで、と催促される。
ぽんぽんとすぐ隣を叩いて、そこに座るように促された。
ぎこちなくドアを閉じて恐る恐る彼の元へと向かう。



「ミサキに渡したいものがあるんだ」

「……なに?」

「左手、貸してみて」

「…………はい」



ダイゴの指が私の指にゆっくりと触れていく。
まるで壊れ物に触れるかのようなその所作に何をしているのかと思えば、薬指に指輪がはめられていた。
控えめなダイヤがひとつ輝いているそれは、ティアラを彷彿とさせるデザインの、いかにも婚約指輪といったものだった。
指輪に魅入っている隙に指を絡め取られて、我に返った時には、まるで恋人繋ぎのような姿のまま手の甲に口付けされる。
吐息が、くすぐったい。

じゃなくて、調子に乗らないでいただきたい。
たとえ手の甲でも、誰がいつキスしていいって許可した?



「気に入ってくれると嬉しいな」

「まだ婚約に賛同してないんだけど」

「まだそんなことを言っているんだ」

「当たり前でしょう」

「早く素直になってくれたらいいのに」

「ふざけないで」

「はは、手厳しいな。でもこれは、いつでも肌身離さず付けていて。外したら駄目だよ」

「…………一応聞いておくけど、どうして?」

「んー、まあ気持ちの問題だけれど、男避けにもなるし」

「だったらダイゴも付けておくべきではないの?」



そう言ってしまってから、婚約指輪は大抵の場合女性のみがつけるものだというのを思い出した。
でも、なんだか不公平じゃない。
私ばかり制限されるのって。



「付けておかないと心配かい?」

「いえ、ダイゴの交友関係なんて全く興味ない」

「はあ……僕は心配だよ、君が大人になって更に魅力的になったから」

「ま、またそうやって、嘘ばかり言う!」

「本当。だからこうして僕のものって主張しておかないと不安になる」



絶対そんなこと思っていないのに、どうしてこうすらすらと歯の浮くような台詞が出てくるのだろうか。
昔から気障で思わせぶりなことを誰彼構わず言う奴だったから、周りの女の子たちもきゃあきゃあ言っていたけれど、7年経って更に磨きがかかっている気がする。
このまま聞いていたら、こっちまでおかしくなりそう。

私はもう会話を続けるのすら嫌になって、ダイゴの手から逃れてベッドへと潜り込んだ。



「こっちに近付いてきたら殴るからね!」

「物騒だなあ」

「おやすみ!」





(私は、絶対に騙されない)

好感度アップ大作戦その1



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