「しんっっっじられない!!!!!」



ツワブキ邸に怒鳴り声が響き渡る。
これだけ大きな家なのだからきっと近くにいる人の耳にしか入っていないと思うけれど、それでも我ながら相当な大きさの声だった。

あれから。
パーティを引きつり笑顔で乗り越えた私は、どうしても納得がいかずダイゴの部屋に乗り込んでいた。
彼はというと、テーブルに肘をつきながら顎の前で手を組んで、にこにこしながらこちらを伺っている。
私が怒り心頭だっていうのに、いつもの事ながらとても余裕そうだ。



「まあまあ、落ち着いて」

「落ち着いてなんていられないわよ!私だって当事者だっていうのになんの相談もなく、説明もなく、突然あんなところで発表して!」

「ほら、お茶用意させたから一息ついたらどうだい?」

「ちょっと!!話聞いてる?!」

「はいはい、聞いているよ」

「なにその返事!」

「いいからほら落ち着いて。それとも、僕のお姫様はその口を塞がれるのがお望みかな?」

「〜〜〜〜〜〜っ!」

「あいたっ」



ふざけたことを至極楽しそうな顔で言ってのける彼に、たまらずチョップを食らわせる。
暴力反対だなんて頭を押さえながら呟いていたけれど、もちろん無視しておいた。

いい気味よ!
あんたなんて一生頭を抱えて生きていけばいいんだわ!



「こんな……逃げ場を無くすみたいなやり方、しなくたって……」



急に頭が冷えてくる。
落ち着いてきたら今度は目頭が熱くなった。

こんな大々的に婚約発表なんてしたら、もう後には戻れなくなる。
婚約破棄なんてすればツワブキ家のデボンコーポレーションだって、私の家の会社だって、少なからず影響は出てくるだろうし、そもそもあいつは現チャンピオンだっていうのに大きなスキャンダルだ。
ダイゴはああ見えて頭が切れる奴だし、そんな簡単な事わかっているはずなのに。



「言っただろ、逃がさないって」

「…………冗談やめてよ」

「至って真面目な話だよ。多少手荒な真似をしてしまったけれど、僕は目的の為なら手段を選ばない」

「っ!」

「もちろん、君が本気でこの状況をどうにかしようとすれば、白紙にできなくはないね。……でも、そんな事にはしたくないから全力で阻止する。僕だって、ミサキが本気で欲しいんだよ」

「な、にそれ…………」



欲しい?私が??
何それ、私は物じゃない。
というか、そんなの別に私じゃなくたっていいじゃない。
お父さんの会社は確かに大きいけれど、でもあのデボンに比べたらたいしたことないし、ダイゴが私にこだわる理由が分からない。
他にもツワブキ家に相応しい、教養のある良家の御令嬢はいくらだっているのに。

ダイゴは、好きでもない相手とこんな政略結婚みたいな形でも本当にいいの?
どうしてそんな風に受け入れられるの??



「勘違いしてほしくないから言っておくけれど、家柄は関係ないからね」

「じゃあ、どうして」

「……そうやって泣きそうな顔をされると、困る」

「っ、そんな顔してない!」

「ほら、もうこの話は終わりにしよう。過ぎた事を今更とやかく言ってもどうにもならないだろ?」

「誰のせいだと思って……!?」

「ふふ、僕だね」



しれっと言う彼に一瞬殺意が湧いた。
なんだか、こんなにも悩んでいる私が馬鹿みたい。
どうしてこいつは私との結婚についてこんなにも前向きなのだろう?
家柄以外の理由が本当にあるのなら、教えて欲しいくらいだ。



「もう夜も遅いしそろそろ家に帰った方がいい。……ああ、もちろんこの部屋に泊まってもいいよ」

「はあ??!」

「…………ね、どうする?」



ダイゴはすっかり私をからかうことに決めたようで、にこにこと笑みを浮かべながら間合いを詰めてくる。
私は彼の肩を力の限り押して必死に抵抗していた。
口元は確かに弧を描いていて穏やかな表情なのに、それでいて人を追い詰めようとする獣のようにも感じる。
いつのまにこんな大人の色気を身に付けていたのだろうか。



「将来を誓いあった者同士、親睦を深めるのもいいと思うな」

「ちょ、まって、ふざけるのも大概に……っ」

「冗談じゃない。僕はいつでも本気だからね」

「っもう!離れて!!帰る!!!」



どんっと勢い良く彼を押して、私はそのまま走り去る。

今からこんな調子じゃ、明日からの生活がものすごく不安だ…………
ただでさえ箱入り娘であまり異性と接したことがないのに。
たとえ、相手があのダイゴだったとしても、あんなに近付かれたら意識してしまうものはしてしまうのだ。

それに、あの表情……………………



「ダイゴの、馬鹿」



そう小さく呟いて、私は自宅へと急いだ。





(あんな顔、はじめて見た)

パーティ、その後



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