ぽつり、ぽつり。
涙が絨毯に吸い込まれていって、消える。
とっさに俯いたせいか、周りにはまだ気付かれていないみたいだけど。
でもそれも時間の問題だろう。
「………っ…」
必死で堪えていたのに、小さな嗚咽が漏れる。
……こんな情けないところ、とてもじゃないけどみんなには見せられない。
それにルイが気付いたら、気を悪くしてしまうかもしれないしね。
絶対、それだけは避けないと……
だって今日から、彼女は私の友人だもの…
「わ、わたし、」
「……え?」
「仕事残ってるから、申し訳ないけど失礼するね!」
早口にそう言って部屋を飛び出す私。
出て行く際に、後ろから止める声がいくつも聞こえたけれど、私は止まらなかった。
行くあてもなく走る。
ただひたすら走って、私はひとりになれる場所を探した。
ねえ綱吉、私はあなたのこと諦めなくちゃいけないの?
私、いつか思い出してもらえるって、いつか元通りになるって、そう信じてきたのに。
なのに、もう期待すらしてはいけないの?
婚約者だなんて……
たとえ記憶が戻ったとしても、あなたに婚約者がいる以上、もうそこに私の居場所なんてないじゃない。
どうして???
嘘でしょう???
お願いだから嘘だと言って……っっ!!!
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「……もしかしてゆり、私が馴れ馴れしいから気を悪くしたのかしら…?」
彼女が出て行って数十秒後、沈黙を破ったのはルイと名乗る綱吉の婚約者だった。
驚くほどゆりにそっくりな顔を青ざめて、綱吉の腕の裾を握り締めている。
そんな彼女をいたわるように、綱吉は腕を首に回して頭を撫でていた。
馴れ馴れしい?
そんな程度でゆりに異変が起こるはずがない。
「クフフ……僕も失礼させていただきますね」
「骸っ」
綱吉が呼び止めたが、関係ない。
貴方にはゆりを追いかける資格なんて無いのだから。
「綱吉は彼女に付いていなさい。ゆりは僕が見てきます」
できる限りの冷たい目で切り捨てるように言い、部屋を出る。
腹立たしい。
綱吉の行動や言葉に一喜一憂するゆりを見ていると、
妬ましくて、綱吉を殺してやりたくなる。
さっきだって―――――――――いきなり、婚約者だなんて。
ずっと好きだった、いや、昔の話だとしても愛し合っていた相手がいきなり婚約者を連れてきたら、相当なショックを受けるだろう。
ただでさえ、記憶喪失の一件から精神的にも肉体的にもダメージがきているというのに……
こんな追い打ちをかけるようなことをすれば、いつか彼女が壊れてしまう。
しばらくして、彼女の部屋の前に辿り着く。
立ち止まって、呼吸を整えた。
「………ゆり、いますか」
コンコン、ノックする……が、返事がない。
幸い、鍵は掛かっていなかったようなので、そのまま部屋へと足を進めた。
多分、ベッドの上にあるあの大きな塊が彼女だろう。
「そんな、全身で布団を被ってなにしているんですか?」
「………」
「ゆり」
「………」
「クフフ…返事しないだなんていい度胸ですね?」
「………」
「………」
「………」
「ゆり」
「………」
「………」
「………」
………どうしてくれようか、この塊。
重い沈黙
(せめて、返事くらいしてくれてもいいんじゃないですか?)
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