次の日。
新しい部署での仕事もだいぶ慣れた私は黙々と仕事をしていた。
その時、後ろからポンッと肩を叩かれて後ろを見る。
そこには穏やかに笑う佐原さんが立っていた。
「お疲れ様希紗さん。
仕事もだいぶ慣れたようだね」
「お疲れ様です。
はい、おかげさまで」
「ところで、確か希紗さん…プロのイラストレーター目指してたよね?」
「はい…」
「僕の知り合いのデザイナーがそういう仕事の人との付き合いが多くてね、知り合いがいっぱいいるらしいんだ。
でね、君のこと話したら「知り合い達に話しておくよ」って言ってたんだ」
「ほっ本当ですか!?」
驚きのあまり思わず立ち上がる私。
「うん。
だから…いくつか君の絵を持ってたら紹介する時の資料になるからって、君の絵を欲しがってるんだよ。
良ければ何枚か貰えないかな?」
「わ、私の絵で良ければ…!
明日っ持ってきます!」
「うん。ありがとう。
知り合いにも言っておくよ」
「あの…本当にありがとうございます」
「良いんだよ、気にしないで。
実は僕も君と同じ夢を持ったことがあるから気持ちが分かるんだ。
応援してるよ」
「はい…!」
佐原さんは私にニコリと笑いかけて、そして行ってしまった。
突然の話に驚いたが、正直嬉しさの方が勝っている。
さすがに職場なので行動は抑えたが、舞い上がる気持ちは当分抑えられそうにもなかった。
そしてお昼時。
友人達と昼食を食べる前に御手洗いを済ませようと考えた私は、自分の部署の近くにある御手洗いに向かっていた。
するとその途中で誰かが駆け寄ってきて
「あのっ」
「ん?」
呼び止められて振り返るとそこにはなんとなく見たことがある女性が立っていた。
「あ…確か、蔵…じゃない。
南野さんの新しい部下の方…」
「同期なんですからそんなに畏まらなくても…」
その女性はクスリと苦笑する。
「それで、どうしたんですか?」
「その…私、貴女に聞きたいことがあって…」
「はぁ」
女性はしばらく悩むように目線を泳がせるが、やがて意を決したようにまっすぐ私を見る。
「南野さんのこと…好きなんですか?」
「へ?」
問われ、私は胸が大きくドキンと鳴った。
だが動揺を悟られたくなく、私は至って平静な顔を装い
「べっ別にそんなのじゃ…
私と南野さんは上司と元部下ってだけで…
た、確かにちょっと接点は多いかもしれませんが……」
「だったら…っ」
彼女は一度キュッと唇を噛むと
「お願いしますっ特に用もなく南野さんに近付いたりしないで下さいっ」
「…え?」
突然の申し立てに私は眉を潜めて聞き返した。
「それってどういう…」
「貴女にこんな事言われる筋合いがないのは分かってます。
だけど…南野さんのことが本当に大好きな人にとって、貴女が南野さんと意味もなく仲良くされると不安でたまらなくなるんです!
だって…っ貴女をなんとも思ってなかったのに南野が好きになってしまうかもしれないって、思うから…!
好きすぎて恥ずかしいあまり声すらかけられない人にとってそれは残酷なんですっ
私はまだ彼の部下になれたからチャンスがたくさんできたけど…
私の友人は声すらかけられない子で…!
なのに、特に彼を意識してない貴女が気安く声をかけるなんてなんか悔しくて…!
生意気なこと言ってるって分かってます。
でも…!お願いします。
南野さんが好きな人達の事も考えてあげて下さい!」
「……………」
涙をボロボロ流して訴えてくる彼女に私はどう答えたらいいのか分からなかった。
「……ごめん、なさい。
南野さんが人気だってのは知ってたけど、そこまで本気に考えてる人がいるだなんて知らなくて…
私の考え無しの行動でたくさんの人が傷ついてたなんて、知らなくて…
…これからは…気をつけます。
何の用もなく南野さんに近付いたりしないから…」
「…お願いします。
私…近々南野さんに告白するつもりなので…」
「うん…頑張って…」
彼女は泣きながら私に背を向けて歩き出した。
私はそれをぼんやりと見送る。
そっか…知らなかった。
私に嫉妬してる女性社員がたくさんいるのは知ってたけど、傷ついて泣いてる女性社員がいるなんて思わなかった。
そうよね、女の子だもの。
みんながみんな私みたいに強いわけじゃない。
好きだからこそどうしようも出来ない人だっているよね。
私は…南野さんのことなんて、なんとも…
だから、気をつけなくちゃ…
心の中の引っかかり
だけど、なんでか納得出来ない。
これからは彼を避けないといけないんだって、納得しなきゃ…!
納得してよ。納得してよっ自分…!
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