「希紗ー!仕事終わった?
だったら一緒に食べに行こうよ」

「いいお店知ってるんだ〜
ケーキバイキングだよ!」

「希紗、甘い物好きだったよね」

仕事が終わり、急いで帰ろうとする私を、同僚達が玄関前で引き止めてきた。

「ごめん。私…ちょっと用事があって…
また今度誘ってよ」

「ちょっ希紗〜?」

不思議がる同僚達を気にとめず私は足早に会社を出る。

「最近なぁんか付き合い悪いね」

「ねー。お昼の時も上の空だし」

「分かった!彼氏でも出来たんじゃない?
まだ私達に教えたくないから、ああやって必死に隠してるんだよっ」

「…それ、本当ですか?」

後ろから聞こえた声に同僚達は振り向く。

そこには全員が憧れる蔵馬が立っており、その場で絶叫した。

「みっ南野さん!」

「お疲れ様ですぅ!」

「ど、どうしてここに?」

「キャー!もうダメー!」

蔵馬が訪ねたい内容とどんどん離れていき、結局明確な事情を聞くことが出来なかった。

「(…まさか、な…)」

拭えない胸のざわつきに蔵馬は眉を寄せる。

部署が変わってからの彼女の近況は分かりづらくなった。
おまけに彼女の近くにはやたらスキンシップの激しい上司がいる。

蔵馬にとっては目に余るその上司の行動は、不安要素以外何ものでもないのだ。

気持ちに気付いてほしくて、あえて引いてみる作戦をとっているが
彼女につく虫を見逃す気はない蔵馬はまっすぐに希紗の家を目指したのだった。

















仕事帰りの途中で寄ったペットショップでネコ缶を買い、そのビニール袋を持って子猫がいるいつもの所へ向かう。

子猫を見つけて数日。

律儀にダンボールの中で過ごし、出ようとしない子猫は今日も元気だ。

私としては、私が仕事行ってる間にダンボールから子猫が抜け出して
仕事から帰ってきた私が見た時はすでにいなかった、というパターンを期待してるのだが…
子猫は一向にダンボールから出て行こうとしない。
いや、出ても戻ってきてるのだろうか。
どちらにせよ質が悪い。

何度も言うが私は飼う気はないし、飼ってるつもりもない。

「にゃあー」

子猫のダンボールに着くとダンボールからひょっこりと顔を出して見上げてくる子猫。

そんな子猫の前にしゃがんでビニール袋からネコ缶を取り出す。

「あんたもさっさと好きな所に行きなさいよ…」

呆れながらそう言ってネコ缶を開け、中身を小皿の上に出す。

お腹を空かしていたのか、子猫はすぐにがっついた。

「何回も言うけど飼わないからね。
だから早く好きな所に行きなさいよ」

「にゃあ」

「…………」

……どこかに里親になってくれる人はいないものか…
出来ればネコが大好きで飼った経験もあって、この子を可愛がってくれる、そんな優しい人が…

「……なるほど、そういう事ですか」

バッと振り向くと、そこには南野さんが笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「みな…、蔵馬さん…!」

「最近様子がおかしいと思えば…」

「(くっなんでバレた…!)」

蔵馬さんは子猫に近付くとしゃがんで頭を撫でる。
子猫は気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした。

「世話好きの人に拾ってもらって良かったですね」

「世話好きなんかじゃないです。
無視して、ある日無視した子猫を死体で見かけたとかなったら夢見が悪いですから」

「はいはい」

彼の棒読みな返答に若干殺意を覚える。

この何でも見通して真相を知り尽くしたようなすかした顔を一度で良いから殴ってみたい。

「この猫飼うんですか?」

「飼いません。
ていうか、飼えません。
だから…誰か、猫が好きな人がいれば…」

蔵馬さんはそれを聞くと微笑んでこう言った。

「良い人がいますよ」

そう言うと子猫入りダンボールを抱え、私の腕を引いて何処かへ向かいだした。

訪ねても曖昧な返答しかせず、あまり期待せずに引っ張られ続けていると
やがて着いた場所は見知った家。

「…桑原くんの家?」

「彼は無類の猫好きなんですよ」

蔵馬さんがインターホンを押すとしばらくして桑原くんが現れた。

「蔵馬と希紗さんじゃねぇか。
どうしたんだ?」

「ちょっと頼みたいことがあってですね」

蔵馬さんはダンボールを桑原くんに渡す。
不思議そうにしながら桑原くんはその中を覗いた。

「…………おい蔵馬、どうしたんだよコイツ」

「希紗が拾ったみたいなんですよ。
希紗のアパートでは飼えないから里親を探してまして。
桑原くんなら可愛がってくれそうだと思ったんです」

「おっ俺でいいなら引き受けてやるよ!
あははははは!!」

一気にテンションが上がって表情も崩れている。
なるほど、確かに無類の猫好きのようだ。

「ごめんね桑原くん。じゃあ、お願い」

「任せて下さいよ希紗さん!
ちなみにコイツの名前は?」

「つけてないから桑原くんがつけてあげて」

「分かりましたっ
決まったら教えます!」

「じゃあ、お願いしますね」

「おう!またな!」

桑原くんに見送られ、私と蔵馬さんは歩き出す。

桑原くんなら信用出来る。
そう思って、私はホウッと息を吐いた。

「…安心しましたか?」

「そ、そんなのじゃないです」

「相変わらず素直じゃないですね」

「すみませんね」

「…ネックレス…毎日つけてるんですね」

「えっ」

ハッと首もとを隠そうと思ったが、夏の服なので襟首は開いている。
とても隠せられない。

「これは…っ別に、本当に綺麗だから…
時期的にあってるし、つけててもそんなに気にならな」

肩に温もりが広がった。

一瞬なにが起きたか分からず、呆然としていたが
しばらくして肩を見ると手が乗っていた。

「く、蔵馬さん…」

蔵馬さんに肩を抱かれている。

ぐいっと引き寄せられ、私の体と彼の体が少しだけ密着した。

「…ありがとう…」

「だから、その…」

「うん。分かってますよ」

優しく笑う蔵馬さん。

抱かれた肩。
触れ合う肩同士。
彼の表情。
すべてに火を付けられたかのように全身が熱くなった。

「あの…」

「…家まで送りますよ」

「その」

体を離そうとしたけど、抱かれている肩の手がグッと力を入れそれを阻止する。

蔵馬さんを見上げて、私は言った。

「どうして…」


想いはもうひと息
「どうしてだと思いますか?」
熱を帯びたような蔵馬さんの目に射抜かれ、私はしばらく目を離せなかった。




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