さて、月も変わり気候もますます夏らしくなってきた頃、私は南野さんから離れて部署移動先である広告、宣伝にやってきた。

一応研修期間はあるのだが、希望部署移動の場合は即戦力が前提の為、前の部署のように2ヶ月なんて多くあるわけがない。
二週間という短い間で一連の作業を覚えないといけないのだ。

「指導員の佐原です。よろしくお願いします」

「あ、はい。よろしくお願いします」

私が深々と頭を下げる方はこれから二週間お世話になる指導員の佐原さん。

彼も南野さん程ではないが、眼鏡をかけた知的イケメンだと前々から噂になっていた。

特に興味がなかった私は佐原さん自身に会うまで忘れていたが…
南野さんは女性にも見える整った顔付きだが、どこか精悍さを感じる雰囲気があった。
対して、佐原さんは眼鏡の知的人間のようにも見えるが、若干童顔でもあり子どものようなはしゃぎようの雰囲気から『かっこいいけど可愛い』とも言われていた。

「君はデザインの経験はある?」

「経験はないですが…絵を描くのは昔から好きです。
卒業した大学も絵の専門性が高い場所でした」

「へ〜!それは期待出来るねっ
パソコンを使ってデザインすることは簡単じゃないんだよ。
この部署にいるほとんどの人がパソコンは使えるけどデザインやイラストの経験はあまりなくてね…
パソコン使えても絵を描けるわけじゃないから苦労してたんだよ」

南野さんとは違う優しく子どものような笑みを眼鏡の奥で浮かべる佐原さん。

彼は人なつっこい性格でもあるのか、私の手を引きあちこち連れまわしてはたくさんの事を教えてくれた。

「いいなーっいいなー!
希紗の強運が羨ましいいー!」

そして昼休み。

一緒に食事をしていた同僚が突然叫びだした。

「みんな南野さんがいる部署の移動ダメだったんだっけ?」

「そー!」

「採用人数ひとりとか絶対無理!」

「なのに希紗ってば南野さんの部下だったってだけで美味しいポジションなのに
更には『かっこ可愛い』で有名な佐原さんの部下なんて…羨ましー!」

「私佐原さん本人に会うまで有名イケメンだって忘れてたんですけど」

「つくづく男に興味ないんだね、希紗は」

呆れたような同僚の言葉を聞いた瞬間、私の中で一瞬だが南野さんの顔が思い浮かんだ。

「そういう、わけじゃないけど…」

「え?」

「あ、ううん。なんでもない」

思わず小さく呟いた言葉を慌てて誤魔化した。

「それより希紗、今日可愛いネックレスつけてるね」

同僚が身を乗り出し、指差してきたのは私の首元で揺れているホタルブクロのネックレス。

「うん。可愛いでしょ?」

「かわいー!どこで買ったの?」

「貰った物なんだ」

「え?誰から?」

「もしかして幼なじみ?」

意外な言葉に私は笑い飛ばす。

「まっさかー
あいつ彼女一筋で結婚考えてるのに」

「結婚いいなー…」

「で、誰から貰ったの?」

興味津々で聞いてくる同僚達に私は少しだけ考える。
「南野さんから」なんて言ったら刺されそうだ。
そう思って、とりあえず適当な出任せをする。

「学生時代の友達と久しぶりに会ってさ
「あまり付けない」って言うから貰ったの」

「そうなんだ」

「かわいーのにねぇ」

「勿体無いでしょ?
…あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくる。
もうすぐお昼終わるし…」

「行ってらっしゃーい」

「じゃあその間、うちらは片付けしよこうよ」

同僚達に見送られ、私はトイレを目指して食堂から出た。

その途中で通る小さな会議室。
その会議室は不自然にもドアがほんの少しだけ開いていた。

私はなんとなくその中を覗いてみると
そこにいたのは南野さんと、南野さんに抱き付いているひとりの女性。

予想外の光景に私は思わず息を呑んで顔を引っ込めた。

中から声が聞こえてくる。

「私…ずっと秀一くんが好きだったの。
秀一くんが入社してきたその時から」

「先輩…」

「お願い。遊びでもいいから私と付き合って…」

「遊びだなんて…そんな事出来ません。
それに俺…僕にはもう好きな人がいるんです」

南野さんの言葉に私はハッと思い出した。
そういえば、研修の始めの頃そんな事言ってたような…

「私はその人の代わりになれないかな…?」

「代わりなんていません。
…だから…その、すみません…」

女性の泣き声が小さい聞こえた。

「いいの…謝らないで…
でも、私はいつでも秀一くんを想ってるから…
私のことを少しでも気になってくれるまで待ってる」

女性はそう言うと泣きながら会議室から飛び出し、そのまま走っていった。
どうやら私には気付かなかったようだ。

「…盗み聞きとは良い趣味してますね」

続いて聞こえた南野さんの声に私はビクッと肩を揺らした。
振り返るとそこにはニヤリと笑う彼の姿。

「…ぐ、偶然聞こえたもので…
南野さんって本当に天然の女泣かせですね」

「ではあの空気を読んで付き合った方が良かったですか?」

その言葉にドキリとする。
なんか、胸の奥が痛い。

でも彼に悟られないように顔を背けて

「そんなの南野さんの勝手ですから、私はなにも言えません。
でも、好きな人がいるなら自重した方が良いと思いますよっ」

「その好きな人がなかなか振り向いてくれないんですよ。
あんなにアピールしてるのに」

「…じゃあ、その女性が桁外れに鈍感か単に南野さんに興味ないだけですよ」

「興味持ってもらいたいからアピールしてるんですよ。
その為には色々な作戦を実行した方が良いでしょう?
…例えば、押してダメなら引いてみろ。とか」


目の前の瞳は
いつでも夢を見てる。

「…そんなに鈍感なんですか?」
「それはもう。
ちなみに希紗も知ってますよ。
希紗が一番知ってて一番分からない女性です」
「…ちょっとなに言ってんのか分からないんですが」




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