研修期間残り2日。

後一分で仕事も終わる頃、隣りの席の南野さんが肩を叩いてきた。

「はい?」

「今日、一緒に食事に行きませんか?」

「え…」

「2ヶ月の研修を頑張ったご褒美…とでも言いますか」

爽やかに笑う南野さんに私は苦笑して

「ご褒美って…まだあと1日あるんですが…」

「明日は別の…」

「南野さ〜ん!聞いて下さい!」

南野さんの言葉を遮って女性の声が響いた。

私の知っている同僚ではないが、胸についているネームプレートに引かれている線の色が私と同じ。どうやら同期のようだ。

女性は少し顔を赤らめて、振り返った南野さんにもじもじと照れたように

「実は、私…南野さんと同じ部署に移動希望出したんです」

「え、そうなんですか」

「だから…もし移動出来たら色々教えてもらいたくて…」

「もちろん良いですよ。俺で良ければ」

「あ…南野さんっ実は私も!」

「南野くんっ私も移動希望出したの!」

「南野さんっ」

「秀一くん!」

同期から先輩からと一気にドドッと南野さんに女性達が詰め寄る。
南野さんはそんな光景に戸惑いながらも丁寧にひとりひとり対応していた。

話の途中で取り残された私はなんとなく時計を見る。
時間はすでに終業時間を過ぎていた。

「(食べに行く約束の途中だけど…)」

この様子じゃまだまだかかりそう。

私も帰る前にやることあるし、それに…
なんか…ちょっと、この光景を見たくない…かな。
なんでかは分からないけど。

私は片付けを済ませ、さっさと帰宅の準備を進める。
その間も南野さんはずっと女性達に囲まれて話していた。

「じゃあ南野さん、お先に失礼します」

「えっ」

椅子から立ち上がる私を見て南野さんが驚いたように目を見開いた。

「積もる話があるようですし、さっきの話はまた今度ということで」

「希紗…ちょっと待っ」

「失礼します」

笑顔でそう言ってその場を後にする。

南野さんはしばらく呆然と私を見つめていたようだが女性達から声をかけられ話を戻された。

私はバックからクリアファイルに入れた書類を取り出す。
それは部署移動希望書。
昨日まで散々迷ったけど、結局移動を決意した。

私が希望する部署は広告関連。
あまり人気がない部署なので、事務にこの書類を提出すればほぼ移動は確定だろう。

広告関連の部署に移動し、働くことになれば…
もう、南野さんとは今までのように会う事は出来ない。

「…て、なに考えてんだか。
別に南野さんに会えなくなっても関係ないし」

逆に清々するんじゃないの?
だって、あんなにも姑よろしく口うるさく言ってきた上司だもの。

…でも、それは…私の為を思ってだからであって
別にいじめてる訳ではなかった。

「っあーもう!おかしいよ自分!
これ出したら幽助くんの所に乗り込んでやるんだから!!」

激しい独り言に若干周りから引かれてるがそんなの気にしない。

私は書類を出す為に事務への足を早めたのだった。

















夜。幽助くんの屋台に着くと彼はラジオを聞きながら新聞を読んでいた。

「よっ希紗」

「やっほー幽助くん。
…あれ、またお客さん私ひとり?」

「っせーな。
さっきまで満席だったよ」

「ふふ、どうだか」

「ケンカ売ってんのかテメー!」

「ほらほら店主、チャーシュー麺ひとつ!」

「ったく、はいよ」

文句有りげに新聞を乱雑に畳んで近くのダンボールに投げて置くとチャーシュー麺を作り始めた。

「そーいや希紗、あれから蔵馬とどうだ?」

「ん?あー、確か泣きに来て以来だっけ。
うん、もういつも通りだよ。
蔵馬さんから謝ってきたし…私もちょっと悪かったかなーって思ってさ」

「そうか。そりゃ良かった」

なんだか嬉しそうに笑って幽助くんは手際良く麺の水気をきる。

私はグラスに勝手にお水を入れてそれを飲み

「でも、もう蔵馬さんとはそう会えないかも」

「なんでだよ」

「研修が明日で終わるの」

「へえ」

「それで今日、部署移動の希望書出してきたからさ」

「………はあ?」

幽助くんの手が止まって怪訝な顔で私を見る。

「希望の部署は広告関連なんだ。
そんな人気がある部署じゃないからほぼ移動確定だと思う。
移動したら部署も違うし、蔵馬さんがいる部署の部屋ともかなり離れてるから…多分月に一回も会えないよ。
でも、別れる前に和解出来たから良かったかも」

幽助くんはしばらく手を止めて私を見ていたが、やがて再び手を動かし始める。

「………お前はそれで良いのかよ」

「…うん、散々悩んだけどね。
やっぱ広告関連の経験が欲しくてさ。
もう一度絵の道を進むって決めた以上ね」

頬杖をついて爪を弄りながら言う私。
昨日深爪しちゃったんだよなぁ〜、なんて考えていると幽助くんが割と強い口調で

「そうじゃなくて。
蔵馬とあまり会えなくなっても良いのかよっ」

「……なんで蔵馬さん?」

「…蔵馬を意識したことないのか?希紗は」

眉を寄せて不思議がる私に幽助くんがジッと見てくる。

私はなんとなく視線を逸らす。

「そんな…蔵馬さんは、関係ないよ…
それに会えないって言っても一生じゃないし。
それ以前に会う会わないって考えるのが既におかしいんじゃない…かな」

「希紗、お前もいい加減気付いてやれよ。
蔵馬も蔵馬だが希紗も希紗だ。
お前らふたりして天の邪鬼でまどろっこしいんだよ」

「ちょっなんの話」

「蔵馬だって男だ。
他の奴に心が揺れ動く事もあるんだからな」


それはささやかな忠告
「やっぱなんの話か分からないよ…」
「分かんねぇならチャーシュー麺の代金は払ってもらわなきゃな。
せっかく研修期間終了祝いで奢ってやるつもりだったのによ」
「わっ嘘!頑張るっ頑張るから奢って!」
「やだね」




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