朝起きると、夜私の心を癒やし安心させてくれたアカル草は枯れていた。

「一晩で枯れちゃうなんて」

勿体無い。せっかく可愛い花なのに。

私は残念に思いながら身支度を済ませ、一階に降りた。
ダイニングに来るとそこにはお父さんがすでに朝食の準備をしていた。

「おはよう希紗」

「おはよう。…南野さんはまだ寝てる……よね、やっぱり」

「やっぱり?」

「南野さんってね、普段キチッとしてて真面目な優秀上司なんだけど
朝は少し弱いみたいなんだよ。
私の不味い弁当も美味しいって言うし…味音痴なのかな?」

南野さんが泊まりに来たことを思い出しながらクスクス笑って、一緒に朝食の準備をする。

その時、フライパンでベーコンを焼いていたお父さんが真剣な口調で

「お前…南野さんと、上司と付き合ってるのか?」

「は!?ちがっ!なんでそうなった!?」

「やたら詳しいじゃないか」

お父さんの突っ込みにハッとする。

そうだ、南野さんが泊まりに来たなんて誰にも言ってないから知るはずがないんだ。
油断から口を滑らせてしまった。

「ま、前に南野さんが言ってただけ!
弁当は…その、日頃のお礼で…ただの気まぐれで…」

「南野さんが好きなのか?」

「南野さんは上司!
あーもう!なんでみんなしてっ」

あああああ!自分の馬鹿!!
事情を知らない人に「南野さんは朝弱いんだよ」なんて言ったら勘違いされるに決まってるのにッ
だから口を固くして誰にも言わなかったのに!
こんなの会社の同僚に…いや、社内で口にすることすら恐ろしい。
南野さんに恋する女性達全員から刺されるっ闇討ちされる!
背後怖くてもう夜ひとりで出歩けない!!

「そうか…
確かにお前は小さい頃から付き合いが良い子だったからな。
お前がそう言うなら、深い意味はないんだろう」

お父さんはそう言って料理を再開する。

その時、クスクスと笑い声が廊下から聞こえた。
笑いながら廊下からダイニングにやってきたのは車椅子に乗ったお母さんだった。

「ふふ、お父さんったら。
貴方が信じたくないだけじゃないの?」

「お母さんっ目が覚めたの?」

「ええ、もう大丈夫よ。
遠いのにわざわざごめんね希紗ちゃん」

「か、母さんなにを言いだすんだ…!
俺は希紗が言うからそう思うだけで…!」

「可愛いひとり娘だもの。
性格はお父さんに似たんだから私には分かるわ。
希紗ちゃんが生まれて誰よりも喜んだのはお父さんだものね」

「母さん…」

お父さんは困ったように複雑そうな表情をする。
何のことかは分からないけれど、とりあえずお母さんが無事目覚めたことと久しぶりの家族との朝に私は笑った。

朝食準備も済み、後は南野さんを起こしてくるだけになった。

だが、私が南野さんを起こす前に身支度も済ませた南野さんがやってきた。
朝食準備が万端の様子を見て「寝過ごしてしまいましたか」と少し恥ずかしそうにしていたけれど、私の家族はそんなの気にしない。
目覚めていたお母さんに南野さんは改めて挨拶し、そして全員で朝食をとった。

朝食の最中の会話でお母さんが「希紗ちゃんをお願いします」なんて南野さんに言っていたけど、私がやっぱり心配なのかな?仕事遅いし…
でも、じゃあ南野さんが顔を少しだけど赤らめる必要はないわけで…
















そして夕方、明日は仕事の為そろそろ帰らなくてはならない。

お母さんとお父さんに挨拶をし、南野さんの車に乗って帰路についた。

見送ってくれる両親が見えなくなるまで見つめていた私だが、ふと思い出して運転している南野さんに声をかけた。

「あの、南野さん」

「はい?」

「昨日言ってた…その、妖怪は…?」

「ああ、もう大丈夫ですよ。
俺がきつく言っておきましたので二度とあの家を襲いません。ええ、もう二度と」

何だろう。
南野さんに恋する女性達が見たら卒倒しそうな爽やかな笑顔なのに寒気しか感じない。
強調してる部分が物凄く気になるけど、気にしたら負けなような気もする。
…あえて突っ込まないでおこう。平穏な気持ちでいたいから。

「久しぶりの実家はどうでしたか?」

「え?あ、もちろん…楽しかったですよ」

「そうですか」

「……お母さんの障害…
実は、私のせいなんです」

「…え?」

信号が赤になり、南野さんはブレーキを踏んで車を止める。

私はぼんやりと外を眺めながら話す。

「私が小さい頃…
道路に飛び出してしまった時、母が慌てて庇ってくれて…それが、原因で…
でも、母はちっとも気にしてなくて…」

静かに聞いていた南野さんは信号が変わると同時にアクセルを踏んで車を走らせる。

「俺の母さんの両腕にも、縫った跡があるんです」

「え?」

「俺が小学生の時、食器棚の上にあった物を取ろうとして…
足を滑らせて、食器が割れて飛び散った破片の上に落ちる前に助けてくれたんです。
腕が血まみれになってたあの姿を、今でも忘れらない。
…でも、母さんは全然気にしてない」

ポカンとして南野さんを見る私に、彼は横目で見てクスリと笑った。

「俺達似た者同士ですね」

「…そ、そうですね…」

なんだか恥ずかしかった。
でも、母親に一生消えない傷を残してしまったという罪悪感を、同じように理解し合えると分かって私は少し救われた気がした。

「…一昨日は、いきなり…怖がらせるようなことをしてすみませんでした。
あんなことするつもりはなかったんです」

「…もういいです。
南野さんと先に約束してたのに予定を入れた自分も悪いですから…
それに、もう付き合いだけで男性と仲良くするのは止めようと思ってますし。
やっぱり私には向かないんですよ、紹介された男性と仲良くなるなんて」

「希紗…」

「変に緊張して疲れますから…
これからは、ちゃんと顔を合わせて自分が心から信用出来る男性としか二人きりで会ったりしません」

「…その信用出来る男性の中に、俺が入っている。
っていうことですかね?今のこの状況は」

指摘されてハッとした。
確かに今は南野さんと二人きりの上に車内という密室空間だ。

「ちが!別にそんなのじゃ…!
これは不可抗力というかっ成り行きでこうならざるを得ない状況だったからであってッ
別に南野さんがどうとかそんなの関係なくて結果的にこうなってしまったというか!
それ以前に南野さんはただの上司であって、それに今回は南野さんが無理やり私を」

「はいはい。もう分かりましたから」

そう言う南野さんは呆れたように苦笑していた。


田舎道の夕暮れ
ふと気付いた、研修期間は残り一週間…



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