「おやすみ、希紗」

「おやすみなさい…」

深夜に差し掛かろうとする時間。

私の部屋にある、隣の空き部屋で一晩過ごす南野さんに挨拶をしにきた私。

やっぱり一応上司だし、特別有給も貰えたのはなんだかんだで南野さんのおかげだからせめて挨拶ぐらいはしておきたい。

だが、私の心の中は不安で満たされていた。

あの時見た謎の物体の正体は何なのだろう?
お母さんが倒れた事と関係があるかもしれないだなんて…
なんで、なんで。妖怪が私達みたいなただの人間を…!?

部屋にひとりで眠るのが怖い。
せめて明かりはつけたいが、その明かりを見つけてさっきの妖怪が入ってきたら…
それよりも、またお母さんを狙ったりしたら…
ううん。次はお父さんかもしれない。
いや、もしかしたら2人共ってことも…!
どうしよう。朝になって一階に降りてきたら
2人共、死…死んじゃってたり、したら…!

「希紗」

ひとりで色々考え込んでいると南野さんに呼ばれた。

不安を拭いきれないまま顔を上げると、南野さんは優しく笑って私に何かを差し出してきた。

南野さんの手に乗っているのは、花の部分が優しくほんのり光っている植物だった。
根の部分を土ごと袋で包み、その袋を可愛らしいリボンで結んである。

「夜、部屋が真っ暗では不安でしょう?
これを枕元に置いておくだけでも安心しますよ」

「これは…?」

「アカル草という花です。
希紗には珍しいでしょう」

私は南野さんからアカル草を受け取る。

ぼんやり光る花をしばらく見つめて私は笑った。

「なんだか可愛い花ですね。
まるでホタルブクロみたい」

「ホタルブクロ?
…ああ、あの釣り鐘のような花をした…」

「私の地元、小さいけれど年に一度神社でお祭りがあって…
決まってホタルが出る時期にあるんです。
母が植物に詳しくて、色々教えてもらってたんです。
母から教わった通り野に咲いてるホタルブクロを積んではその花の中にホタルを入れて家に持ち帰り、お祭りに行けない母のお土産にしてたんですよ。
ホタルブクロの中にホタルを入れると、花が透明のようになって綺麗に光るんです。このアカル草のように」

「そう。気に入ってくれたみたいで良かった。
……俺が君と家族を守る。
だから、安心して寝ていい」

「…分かりました。ありがとうございます…」

もう一度南野さんに挨拶をして自室に戻る。

暗い部屋がアカル草の光で優しく明るくなり、その花をベッドの枕元付近にある棚に置いた。
そしてベッドに横になるとアカル草を見つめる。

「優しい光…」

優しい光と共に甘い香りも広がった。
何故だろう、凄く安心する。
さっきまでの激しい不安が嘘のよう。

私はその香りに誘われるようにゆっくりと心地良い眠気に身を任せた…
















希紗が深く深く寝入った頃合いを狙うように、『ソレ』はほのかに外に漏れている光を頼りに近付いていた。

鍵がかけられているにも関わらず窓とカーテンをすり抜け、ベッドで眠っている希紗を見ると口を大きく歪ませて笑った。

牙をむき出し、希紗の白い首に狙いをつける。
そして勢い良く飛び付こうとした
正にその時だった。
『ソレ』の首元にナイフよりも鋭く尖り、研ぎ澄まされた鋭利な葉がそっと添えられる。
そして背後からくる激しい殺気に『ソレ』は息を呑んだ。

「……まだ貴様のような雑魚しか動いてないようだな」

そう言って殺気を放ち、相手の首元に葉を添えているのは蔵馬だった。

「透人魔。ここの住人に何の用だ」

『ソレ』は透人魔と呼ばれる妖怪だった。

透人魔は冷や汗を流しながら乾いた笑みを浮かべ

「ヘ…ヘヘ、何のことだ?」

「さしずめ腹でも満たしに来たのだろうが…
魔界のトップが決めなかったか?
『後処理が面倒だから人間は喰うな』と」

「く…!」

「今まで貴様は特有の透かせる体を活かして何人喰ってきた。
人の姿でもあるから騙しやすかっただろうな。
…だが、この俺に見つかり、更に彼女とその家族に目を付けた段階で終わりだ。
生かしておく気もない。死んでもらう」

「まっ待て妖狐蔵馬!
こんな所で騒ぎを起こすとその女が起きるぜ!?」

「心配するな。彼女はアカル草に仕込んだ花の香りで深く眠っている。
アカル草が枯れる夜明けまで起きることはない」

蔵馬の言葉を聞いて透人魔は更に顔を青ざめた。

逃げる口実を失ったからだ。

「ヒィイ!助け…ゲフッ!!」

窓から逃げようとする透人魔の背に蔵馬は鋭い蹴りを入れ、その体が前にある希紗のベッドに倒れ込む前に相手の後ろ首を片手で掴んだ。

そして透人魔が入ってきたカーテンと窓を開けると、そこからまるでゴミのように投げ捨て、それに続いて蔵馬も窓から飛び降りた。

急いで起き上がって逃げようとする透人魔の上に馬乗りし、暴れないよう首を掴んで押さえつけると持っていた葉を振り上げた。

「殺す前に聞く。
魔界が荒れ始めているのは知ってるな?」

「あ…ああ…」

「その荒れように今のトップは何をしている。
何か対策はしてるのか?」

「何もしてねぇよ!
あいつは…むしろ楽しんでるようにも見える!」

「最後だ。この家の住人である女性に手を出したのはお前か?」

「ほっほんの出来心だったんだ!可愛いイタズラさ!
あの女が律儀に車椅子から降りて立とうする姿を見てつい…!
後ろから車椅子を押してやったら車椅子ごとスロープを滑って落ちたんだッ
謝るっ謝るよ!だから助けてくれっ頼む!
もう人は喰わねぇし、この家も狙わねぇ!!
お願いだッ助けてくれぇえ!!」

見苦しいほどの懇願に蔵馬はしばらく冷めた目で透人魔を見下ろす。

そして透人魔から離れ背を向けると家に戻りだした。

「さっさと消えろ」

「ヘヘ…あ、ありがとうよお!!」

背を向けた蔵馬に透人魔は指から鋭く爪を伸ばして飛びかかった。
しかし、その爪が蔵馬の体を貫く前に蔵馬が持っていた鋭い葉が透人魔の頭を貫いた。

蔵馬の背後で透人魔は地面に落ち、その体は自然と発火して骨もなく焼き尽くされた。

「透人魔は死後骨も残らない運命を辿る。
…哀れとは思わないがな」

透人魔の最期を横目で見た後、蔵馬は何事もなかったように華麗な身のこなしで窓に戻り、そして窓とカーテンを閉めた。


ざわめく別世界
眠っている希紗を見て頭を優しくひと撫ですると、蔵馬は部屋へと戻っていった。




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