「今日はもう帰るよ」

夕食も終えて家事も一段落つき、お父さんが淹れてくれたお茶をひとくち飲むと私はそう言った。

「お母さんが大丈夫そうなら少し安心した。
…それに、明日も仕事だし…」

「そうか…本当は母さんの目が覚めるまでいてほしいが
明日も仕事じゃ仕方ないな」

「それなら心配ないですよ」

私の隣で同じようにお茶を飲んでいた南野さんが当たり前のように言った。

不思議に思って父子ふたりして彼を見る。

「俺の分と一緒に有給をもらってます。
義父さん心配性だから『既にもらってる有給とは別に、特別有給を2日あげるから』と言ってくれました。
少なくとも1日はここでゆっくり出来ます」

「そ、そんな…ダメですよそんなの!
いくら母が倒れたからってそんな依怙贔屓みたいな…」

「だから、他の社員には内緒ですよ」

「そういう問題じゃ…!」

「希紗、お前の会社はそんなことが出来るのかい?」

キョトンとするお父さんに私は言葉を濁す。

どうしよう。
そんな依怙贔屓が当たり前にある会社だと思われたら。

「俺、会社の社長の息子なんです。
彼女には期待しているとよく話してるもんですから、義父さんも期待してるみたいで少し贔屓目で見てるんですよ。
心苦しいかもしれませんが甘えてやって下さい。
義父さんも家族を大切にする人なので」

南野さんのうまいフォローにお父さんは納得してくれた。

社長と南野さんが私を期待してるとか絶対嘘だし。

「そうか、それなら良かった。
まぁ会社は普通に依怙贔屓がある場所だからな、父さん心配してたんだよ。
不正を許せない正直な娘だから煙たがられないかとね」

「本当に正直者ですよ、彼女は」

和やかに笑いあっているお父さんと南野さん。

なに。ふたりして私をバカにしてる?
単純で悪かったな。

「どーせ単純で極端ですよ」

「誉めてるんですよ」

「そうそう、誉めてるんだよ」

「やかましー!」

おんなじ事言って!
実は気が合うんじゃないの!?

楽しげに笑ってるし!

「さぁ希紗、今日はもう遅いから南野さんを部屋まで案内してあげなさい。
お父さんは南野さんの着替えを持ってこよう。
お風呂の場所も教えるんだよ?」

「……わかってるよ。
南野さん、こっちです」

席を立ち、南野さんを二階へ案内する。

二階の部屋は二部屋あって片方は私の部屋、もう片方は客室用にしている。

部屋の前に着くと私は

「お風呂は一階のリビングの横にあります。
多分父が脱衣所に着替えを」

「シッ」

「んぅ!?」

振り返った途端口を塞がれ、南野さんが体を密着させてきた。

また壁と南野さんに挟まれる。

困惑と共に弾むように胸が高まり
…絶対、顔が赤い。

だけど当の本人はまるでどこかを睨むようにして一点を凝視している。

見ている先には…二階の廊下にある窓。

「…っ!」

南野さんの体に押し潰されよくは見えないが
確かに、何か得体の知れないものが張り付くように窓にいた。

それはしばらくして空気に溶けるように消える。

南野さんは私の口を塞いだままドアを開けて中へ押し込むように入れて自分も入り、ドアを閉めた。

「希紗は霊感がありましたよね」

「そんなの…知りません」

「『アレ』が見えてたのならあります。
霊感がないと見れない妖怪もいますから」

「…アレは、なんですか?
どうして家に…」

「ただ単にこの家を狙ってるだけか…
それとも俺を狙ってるのか。
それは分かりませんが、君のお母さんが二階から落ちた事件と関係ありそうですね」

「そんな」

「俺が調べよう。
心配しなくていい、俺がいるかぎり希紗の家族に手出しはさせない」

「でも、南野さんが危ないんじゃ…」

「大丈夫ですよ。慣れてますから」

それってどんな慣れ?


潜む謎の影
なんだろう。
私の知らない所、私の知らない世界が蠢いてる気がする。




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