「南野さん…
今日、早退させて下さい」

私の言葉に驚いたように顔を上げる南野さん。
そして私の顔を見て更に驚く。

「顔が真っ青じゃないですか…
気分でも悪いんですか?」

「いえ、…実家の…母が倒れたみたいで。
今…父から連絡が…」

「…!」

南野さんだけでなく南野さんの隣に座っていた幼なじみも驚いて私を見る。

南野さんはしばらく私を凝視すると

「…分かりました」

「では…」

「俺も行きます。
ふたり分の早退許可をもらってくるので準備してロビーで待ってて下さい。
希紗の実家まで俺の車で送りますよ」

「え…そんな…!」

「後はすみませんがよろしくお願いします」

幼なじみにそう言う南野さんに私は慌てて

「待って下さい!
南野さんと私の母はなんの関係もないじゃないですかっ
わざわざ南野さんまで来る必要は…!」

「希紗は俺の部下です。
部下の肉親になにかあったら心配するのが当たり前です」

「…………でも…」

「ほら、早く準備をして下さい。
早退手続きなんてすぐ終わるんですから」

「………」

南野さんに急かされ、私は仕方なくロッカー室へ向かう。

確かに部下の肉親になにかあったら心配するかもしれないけど…
一緒に早退してまですることだろうか?
本当に、上司としての心配なんだろうか…?

今まで考えた事もない疑問が、私の中に浮かび上がった。
















二人分の早退手続きを済ませた南野さんに送ってもらい、私と南野さんは実家についた。

私の実家は田舎なのでかなり場所が遠く、到着した時にはすでに夕方近くを迎えていた。

「お父さん!」

駆け込むように家の中に入ると声を聞きつけたお父さんが奥から顔を出す。

「希紗…!」

お父さんに駆け寄り

「お母さんは?病院には連れて行ったの?」

「専属医師を呼んで来てもらったよ。
軽い脳震盪で命に別状はないようだ」

「…脳震盪?どうして…」

「二階から車椅子ごと落ちたみたいなんだよ」

「そんな…!二階へはスロープにしてるのにっ」

「どういう状況だったかはお父さんにも分からないんだ。
昼間に電話をしてみて何度かけ直しても出ないから心配になって帰ってきたんだ。そしたら……」

「…そうなんだ…
お母さんはまだ眠ってる?」

「ああ」

「…そう。…とにかく命に別状はなくて良かった。
ちょっと安心したよ」

「遠くから来たのに心配かけたな。
…ところで希紗、後ろの人は?」

お父さんに問いかけられ、思い出したようにハッと振り返る。

玄関にはなんとなく上がり辛そうな南野さんがポツンと立っていた。

「あの人は職場の上司。
心配して送ってくれたの」

「初めまして。南野秀一です」

愛想良く微笑んで頭を下げる南野さん。

そんな南野さんにお父さんも友好的に笑いかけ

「希紗の父です。娘が世話になってます。
随分若いですねぇ」

「経験不足故に至らない所も多いです」

「まだ若いからいくらでもやり直せるさ。
そんな所にいないで入ってきて下さい。今日はもう遅いですから、是非泊まっていって下さい」

「ですが」

「気にしなくていい。
着替えなら貸しますよ」

「…すみません。では、お邪魔します」

南野さんはそう言って靴を脱ぎ、私とお父さんの近くにやってきた。

お父さんは私から離れると

「お茶をいれてきましょう」

「あ、いえ。構わないで下さい」

台所へ向かうお父さんに南野さんが慌てたように言う。

そんな彼を押し留めるように私が腕を引き

「お父さんの好きなようにさせてあげて下さい。
昔から世話好きなんです。
それより、南野さんもお母さんに会ってあげて下さい。まだ眠ってますが…」

「…分かりました」

そして私と南野さんは、母が眠っている寝室へと向かっていった。


湧き出た疑問
一緒に歩きながらも私は不思議でたまらなかった。
どうして南野さんが、ここまでしてくれるのかを。




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