そして、ついに翌日の夕方を迎えた。

どこかに外出する予定もなかった私と蔵馬さんは今日は一日中家にいた。
そろそろ出掛ける準備をしないと約束してある男性との時間に間に合わなくなるんだけどな…
でも蔵馬さんが帰る気配がない。

「あの、蔵馬さん…いつ帰る予定ですか?」

「夕食を一緒にとったら帰る予定だよ」

かなり困る。

仕方ないが事情を話して帰ってもらおう。
そう思って私は蔵馬さんと向き合うと

「すみません…
実はこれから人と会う約束があって…」

「…………」

「そろそろ準備しないと時間に遅れてしまうんです」

「…………」

無言の蔵馬さん。
彼はしばらく無言でいると、やがて本をパタンと閉じてこう言った。

「知ってますよ。
会社の同僚の方に紹介してもらった男性でしょう?」

「へ…?」

「希紗…付き合いが良いのは君の長所だ。…だけど短所でもある。
断る時はしっかり断った方が良い」

「そ…そんなの人の勝手じゃないですか」

「また日下部の時のようになりたいのか」

鋭い目つきで睨まれた私は、悔しいがその迫力と事実にグッと言葉を呑む。

「…でも、はっきり断るのだって勇気がいるんです。
断ってしまってずっと罪悪感を抱えるより、少々気乗りしなくても付き合った方が…」

「じゃあ、もし俺がこの場で『気乗りしなくても付き合って下さい』と言ったら、希紗は俺のものになるんですか?」

「くっ蔵馬さんがあ!?」

突拍子のない言葉に私は素っ頓狂な声を上げ、そして爆笑した。

「いやいや、ないでしょう!
まず蔵馬さんが私なんかを相手にするのが有り得ないっ
蔵馬さんはもっとこう…清楚で奥ゆかしい、女性らしい方がお似合いですよ」

言いながらも尚も爆笑してお腹を押さえる。
笑いすぎてお腹が痛い。どうしてくれるんだまったく。

そんな時、私のケータイに着信が入った。多分約束していた男性だろう。
私は電話に出ようと机に置いておいたケータイに近づく。…しかし、次の瞬間私は後ろから蔵馬さんに手首を掴まれて力強く後ろに引かれたかと思うと、背中を壁につけられそして両手首を抑えつけられてあっという間に追い詰められた状態になった。

え、なにこの状況。

「蔵馬さ…」

「だいたい先約してたのは俺でしょう…?」

「そうですけど…っ」

「約束はキャンセルして下さい」

「でも、ドタキャンなんて」

「俺は行かせるつもりありません」

「だけど…」

「…希紗」

「…?」

真剣な表情で、彼はこう言った。

「いい加減気付いて下さい。俺の気持ちに」

「……」

蔵馬さんの気持ち…?
なに?何に対する?…分からない。

壁と蔵馬さんの間に挟まれ、私はただ混乱する。

しつこいほど鳴っていた着信音が切れる。

私と蔵馬さんは互いに見つめあっているだけ。

目が離せない。力が入らない。
もがけない、声が出ない。

しばらくして私はやっとかすれるような声で

「わ…分からないよ…蔵馬さんの気持ちなんて、分からない…っ」

それを聞いた彼は目を細ませ

「態度と行動で示した方が分かるってことですか?」

次の瞬間、蔵馬さんの顔が一気に近づいてきて―…

「っいや!!」

私は力いっぱい蔵馬さんを突き放した。

「こんなの…っ
こんな質の悪い悪戯…!冗談でも止めて下さい!!」

真っ赤になった顔を隠しながら、溢れそうな涙を必死にこらえて私は家から飛び出した。


焦った代償
しばらくして幽助くんの屋台から家に帰ると
そこに蔵馬さんの姿はなく、荷物もなくなっていた。




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