「お帰りなさい。
書類訂正も出来てないのにどこ行ってたんですか?」

私隣のデスクに座る不機嫌な南野さんに、さっきまで幸せ気分でいっぱいだった私は一気に沈んでいった。

「お昼です…」

「仕事がたまっているのにギリギリまで休憩ですか。いい気なもんですね」

「…すみません」

私はそう言ってすぐ仕事を再開した。

書類訂正はあと半分くらいで終わる。早く終わらせて、他のこともやってしまおう。
だって今日は日下部さんと一緒に帰る約束をしたのだから。

「…日下部くんと付き合う事になったんですか?」

「えっ…なんで…」

「表情と雰囲気で分かります」

「…………」

「先に言っておきます。
彼は止めておいた方がいい」

「…え……?」

「彼は魔界から来た妖怪です。
以前話したことありますが、魔界のトップが変わり今妖怪達は落ち着かない状況です。
混乱に乗じて、人間に危害を……」

「南野さんが…
そんな酷い人とは思いませんでした」

「……え」

南野さんが私を見る。

「南野さんは日ごろは意地悪でも、故意に人を傷つけて、さらにはその人の関係者や友人を罵るような人ではないと信じていました。
…でも、一体なにを根拠に日下部さんが妖怪だと言いはれるんですか…?
私の大切な人を侮辱しないで下さい…っ」

「違うんだ!
彼からは微かに妖気を感じて…」

「もう聞きたくありません!見損ないました南野さんっ」

「っ………すまない…」

それから互いに言葉を交わすことなく仕事に取り組み、あっという間に夕方を迎えたのだった。

















希紗を迎えに行こうと日下部は歩いていた。
その時、前方の分かれ道から蔵馬が現れ立ちふさがる。

「あれ、南野先輩。どうしたんですか?」

「白々しい芝居はやめろ」

「…?」

「妖怪が彼女になんの用だ」

その言葉に、キョトンとしていた日下部の表情がニヤリと怪しい笑みに変わった。

「愛してるから付き合った。
それだけですよ」

「…………」

「妖怪が人間の女を愛しちゃおかしいですか?
だったらあんたもおかしいってことになりますよ?妖狐蔵馬」

「…………」

「俺にあの女を取られたことそんなに悔しいですか?ぐずぐずしているあんたが悪いのに」

「黙れ」

「もう今更遅いですよ。
俺達は愛し合っているのだから」

日下部は声を上げて笑いながら蔵馬の横を通り過ぎる。

蔵馬はなにも出来ないままその場に立ち尽くしていた。

















夜、私は日下部さんと夕食を一緒にしていた。

だけど昼間の南野さんとの出来事と彼の言葉が心に引っかかってそれ所じゃない。

昼間の彼は本当にらしくなかった。
あの時はついカッとなってあんな事言ってしまったけど…

「(真剣な…顔だった)」

人を陥れてやろうとか、そんな事考えてる表情じゃなかった。

…だったらなんだろう?
やっぱり日下部さんは妖怪で、妖怪である南野さんが警戒するほど危険な…

「…希紗さん?」

「えっ」

ハッとして顔を上げる。
前に座っている日下部さんは不安そうな表情で

「手が止まってるけど…大丈夫?
料理美味しくないかな?」

「あ、ううん。そんなことない。
ごめんなさい。ちょっと考え事してて…」

「………南野先輩のことかな?」

私は顔を真っ赤にした。

「彼になにか言われたの?」

「…………」

「…希紗さん。
たしかに俺は妖怪だ。でも君を愛してるという気持ちに嘘はない!」

「…日下部さん……」

「信じてほしい…」

まっすぐ見つめてくるその眼差しに目を背けることなんて出来ない。

まだ気持ちに拭えない不安はあるけれど…


淡い想いを信じる
信じたい。
だから私はこくりと頷いた。




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