何で私はここにいるんだろう。海の音を聞きながらぼんやり考える。誰かと一緒に来たような気もするけど、一人で来たような気もする。辺りはもう真っ暗で、海の音だけしか聞こえない。それが逆に恐怖心を駆り立てた。
「内海、ごめんね。この近く、コンビニなくってさ」
「マナミ、」
無意識のうちに呟いた名前に驚いた。誰だろうかと頭で考えるより先に、本能的に口をついた名前だ。間違っていたらどうするつもりなのだろう。だがそれは杞憂に終わった。マナミは私の隣に腰を下ろし、肉まんを差し出す。ぎょっとして、マナミと肉まんを交互に見つめる。
「お腹空いてるだろうと思って。買ってきたんだ」
「あ、ありがとう……」
どうやら私と彼は相当仲が良かったように身請けられる。マナミの手から肉まんを受け取り、一口食べる。
「内海、」
「ふん?」
はに、と熱々の肉まんを口に頬張りながら尋ねる。マナミは少し黙って、何でもないと答えた。変なの。でも、マナミはむかしからそうだった気がする。むかしのことなんて、名に一つ覚えてはいないんだけど。
「ごめんね」
「はにが?」
「海。本当は、夕日が沈むところ、見せたかったんだ」
「………」
海。見る。その単語にやけに心臓が跳ね上がる。理由なんて分からない。でも、私の第六感が、フィーリングが、言っている。私はマナミと海を見に来たんだ、と。
「天国で内海が、みんなの輪から外れないようにしたかったんだけど」
やっぱり部活、サボるべきだったかな。そう言ったマナミの顔は暗がりでよく見えなかったけど、たぶん悲しい顔をしているんだろう。今にも泣いてしまいそうな、悲しい顔を。
「…何言ってんの。夜の海もなかなか通よ」
「………」
マナミが静かになった。と、同時に私の肩に頭を持たせかけた。ぎょっとして、手にしていた肉まんを落としてしまった。
「…里緒奈、一度でいいんだ。オレのわがまま、聞いて」
「なに?」
里緒奈、と。私の名前を言った。懐かしさが胸いっぱいに広がる。マナミは小声で続けた。でもそれは、その願いは、そのわがままは。彼の肩に手を伸ばしかけ、やめた。
「……ごめん、マナミ。それは、できない」
正確には「できない」ではなくて「思い出せない」のだけれど。ただでさえ記憶が抜け落ちてぼろぼろなのに。それでもマナミは一歩も引かない。
「お願い、里緒奈。一度だけでいいんだ。だから、」
オレのこと、名前で呼んで。
思い出せないと言っているのに。間違ってても知らないんだから。私の責任ではない。マナミの名前は、確か。だけどどんなに探しても思い出そうとしても考えようとしても出て来ないものは出て来ない。名前を思い出すだけで、こんなに時間がかかるなんて。途端、ふっと脳裏をよぎった四文字の名前。本当にこれで合っているのか。疑問はあるけど、今はこれしか思い浮かばない。もし違っていたとしたら、そのときはそのときだ。よし。意を決して私はその名前を口にした。
「 」
瞬きをした、次の瞬間には全て弾け飛んでなくなっていた。
140713.