真波は速かった。とにかく速かった。途中何度も振り落とされそうになりながらも(その度に真波は腰掴まってていいのに、と笑っていた)下る、下る。すごい勢いで山を下っていく。


「ね、内海。だから慣れたって言ったでしょ?」
「ばか、真波!!前見て!前!!」


にっこり笑いながら私を見つめる真波。でも正直私はそれどころではなかった。速すぎて、自転車酔いしてしまいそうだった。な、何だ真波のやつ……。ママチャリで、こんなに速く走れるやつなんていないだろうに……。ごめんね、と真波は声だけで返した。


「…ロードで行けたらもっと速いんだろうけどさ、あれ、一人乗り用だから」


海着くの、多分ぎりぎりになっちゃうかも。なんて少し困ったように続ける。ぎ、ぎりぎり…?


「このペースなら、なんか余裕で間に合いそうじゃない?」
「俺、クライマーだから。平坦道、苦手で」
「くらいまー??」


聞き慣れない単語に首を傾げたらちょっと間があいて、真波は答えた。曰く彼は山登り専門らしい(だから下るのより登りたかったと本音を漏らしていた)。そんな自分は平坦な道が苦手なのだと。そして山を下ったら、あとに残すのは真波が苦手とする平坦道らしい。


「……何かそれ、普通逆なんじゃない?」
「え、えー……、どうなんだろ」


あんま意識したことないや。真波は戸惑ったように笑った。真波って、すごいんだ。すごくなっちゃったんだ。関心すると同時に悲しくもあった。だってそれは、もう、真波が私の手の届かないところにいるという証にしかならなかったから。


(…何か、真波が遠くに感じる、なあ)


こんなに近くにいるのに。何だか分からなかったけれど癪に障り腰に腕を巻きつけてやった。すると真波はうわあ、と驚いた声を上げた。


「内海?どうしたの??」
「…真波、」


どこにも行かないで。私のこと忘れないで。ずっと傍にいて。今日のこと、絶対に忘れないで。言いたい言葉は何一つ口から飛び出すことはなかった。もどかしくなって、ぎゅっと真波に抱き着いた。


「…内海?」
「ごめん、真波。ごめん」


私はやっぱり、忘れてしまうみたいだ。その証拠に、私はもう、真波の名前を思い出すことが出来ない。そのうち幼馴染の子みたいに、真波の名前も顔も全部忘れて、ゼロになってしまう。そしてゼロになった明日こそ、私は死ぬのだ。嫌だなあ、何でよりによって明日なんだろう。明日、7月29日。私の誕生日だ。



記憶がなくなるまで、あと3時間。


140711.