真波に手を引かれ、病室を抜け出す。悪戯をする子どものような気持ちで、少しだけ緊張した。曰く、今は誰も使っていない扉があるらしく、そこへ行くと言う。なるべく看護師さんたちに見つからないルートを選んでくれているようだった。看護師さんたちと擦れ違うようなことがあれば、真波はさっと私の前に出てくる。あともう少しだよ。真波がそう言ったのは何人かの看護師さんたちをやりすごしたあとだった。


「ここ、左に曲がったら外に通じる道があるんだ」
「…随分詳しいね」
「うん。だってオレ、いつもそこから入ってるし」
「………」


真波御用達、ということか。喜べばいいのか悲しめばいいのか。左に曲がると確かに外に通じてそうな扉があった。…めちゃくちゃ立入禁止の看板があるけど、いいのだろうか。でも真波はそんな私の気持ちなんて知らないようで、にこにこと笑いながら扉を開ける。

途端全身に浴びる、夏の風。病室から感じる夏の風とは、また違った感覚に胸が踊る。心臓が高鳴って、耳の奥が拍動しているのが分かる。


「内海、こっちだよ」


真波の声にはっと我に返る。そこには、ママチャリに乗った真波の姿があった。こ、これで行くのか。なんだか少し不安だ。真波が自転車を乗るということ自体、私にとっては不安なのだけど。


「乗りなよ」
「え」


の、乗る??真波の後ろに?ふとママチャリに乗る真波を見る。自信たっぷりに笑っているけど、大丈夫、なのだろうか。早く、と急かす真波。いやいや早くとかそういうんじゃなくて。


「真波、本気でチャリで行くつもり?」
「?、そうだけど」
「………」


嘘でしょ。いや、無理だよね?ここ山なのに、海まで行くとか、ほんと無理だよね?無理しなくていいんだよ?不安の余り口を開けば大丈夫だよ、と真波は笑う。


「俺、自転車競技部入ってるって、言ったでしょ?」
「………、そうだっけ」
「そうだよ〜。しっかりしてよね、内海」


ごめん、真波。本当に覚えてないんだよ。曖昧に笑ってやりすごすとまた急かされる。真波も、こう言ってるし。大丈夫だ。多分。不安しかないけど。


「じゃ、じゃあ、えっと、失礼します」
「どうぞ」


ママチャリの後ろに跨る。うわあっ、と真波は小さく叫んだ。車体が思いっきり傾く。咄嗟に私が足をついたおかげで転ぶことは防げた。


「……真波!!」
「ごめん、ごめん。いっつもロードばっか乗ってるからさ、こういう自転車慣れないんだ」
「……あんたねえ、」
「でも大丈夫。もう慣れた」


文句の一つでも言ってやろうかと思ったけど「もう慣れた」そう言った真波の顔が真剣で黙るしかなかった。



記憶がなくなるまで、あと3時間50分。


140708.