07 思い出

まだ俺が野球をやっていたときのことだった。変な時期に一人、マネージャーが入ってきた。はじめまして、と腰をきっちり90度に曲げて自己紹介をしていたのを覚えている。佐々野奏です。不束者ですが、みなさん、よろしくお願いします。もうやだ、奏ったら。結婚するんじゃないんだから。彼女と同じマネージャーは確かに奏と言っていた。何人と結婚する気だヨ。俺がそう茶化せば少し恥ずかしそうに耳を赤くしながら苦笑していた。


佐々野は多分、あのときの彼女だ。




ごめんなさい、荒北さん。あのあと佐々野は、きっちり腰を90度に曲げながら言った。荒北さん、ごめんなさい。それが何に対しての謝罪なのかは分からなかった。次に彼女を見つめようとしたら、もう目の前からいなくなっていた。


ここ最近、佐々野はすぐ消えてしまう。カレンダーを見ると今日は木曜日だった。そういえば、彼女の言っていた一週間というのも、あと三日なのか。そう思うと一週間は実に早い。
でも、うん?ちょっと待てよ。あいつは、佐々野は。そもそも、一週間すぎたら、彼女は。

(どうなるんだ?)

考えるとぞっとした。なんでぞっとしたのかは分からない。ただひたすらに、嫌な予感だけがした。「なあ佐々野」小さく名前を呟いてみるも返事がない。それが余計に俺をぞっとさせることを、佐々野は知らないのだろう。




野球、大好きなんですね。一度だけ。本当に一度だけ、新人マネージャーのそいつが俺に向けた言葉だった。好きじゃなきゃ、やってねーヨ。バァカちんが、と彼女の頭を軽く撫でた。そうするとそいつは少し驚いたように、嬉しそうに、照れたようにはにかんだ。


その声と笑った表情は、やはり佐々野に似ているのだ。



「佐々野チャン、思い出したヨ」返事が返って来ない、姿も見えない中で呟いてみた。「なあ、聞いてんだろ。思い出したって、言ってンだよ」何で返事しねえんだよ、くそ。苛立ちを抑えながら立ち上がる。「俺、学校行ってくっからァ」返事はやっぱりない。くそが。口の中だけで呟いて、家を出た。

150203.