04 裏切る

今日はわたしの通夜だ。神様に許可をいただいて、特別に雲の上から見させてもらえることになった。自分の葬式を自分で見るなんて、なんとも不思議な気持ちだった。お母さんなんて、始まる前からもう泣いたし、お父さんも似たような感じだった。だめだなあ、二人は。

「分かってるな、お前」
「…分かってますよう」

荒北さんの姿をした神様は唐突に言った。「忘れてませんよ」そう言ってまた通夜に目を向ける。すると黒いスーツを着た荒北さんがいた。やっぱり、あの頃とは違う。髪も伸びたし、背だって伸びた。もうあれから何年経ってるんだろうか。きっと軽く五年は経ってるはずだ。

(来て、くれたんだ)

ふと参列者を見る。見たかぎりでは当時の彼を知る者はいなさそうだった。そういえば荒北さんとは家が近かったことを思い出す。小学校も、確か同じだったっけ。低学年の頃撮られた写真には荒北さんと並んで遠足に行っているものがあったはずだ。

(まあ当の本人は忘れてるみたいだけど)

菊の花に囲まれた自分の遺影を見るのはなんだか妙な気分がした。動かなくなった私の肢体を見た荒北さんはなぜだか泣き出しそうな顔をしていたし、思い出そうと必死になっているような気がした。




荒北さんが戻るより先にアパートへ帰る。なんとなく、今朝彼が取り入れたであろう新聞を見ると野球がやっていた。時計を見ると、もう開始から十分が過ぎていた。ナイターだ。そうすると理由もなく悲しくなって、一人でわっと泣き伏せた。もちろん涙なんてものは出ないから、正しくは伏せただけなのだけど。
外から荒北さんの靴音が聞こえる。だめだ、こんなところ、荒北さんには見せられない。一瞬だけ存在を消して、「ただいま」という声が聞こえるのを待つ。

「おかえりなさい、荒北さん〜」

ひたひたと足音を立たせ彼を出迎えに行く。すると荒北さんは信じられないようなくらい目をいっぱいに見開く。その瞳からは涙が零れ落ちそうだった。いいなあ、と思う。わたしにはもう流せないそれを、荒北さんはまだ流せるのだ。

「今ナイターやってるんですよ。荒北さん、一緒に観ましょ」
「疲れたからパス」
「えーっ。そんなー!」

ひどいです、と頬を膨らませる。
なんの前触れもなく、荒北さんの手がすっとわたしの頬へ持っていかれる。少し瞳を閉じるけど触れられた感覚はない。当たり前だけど、荒北さんの手はわたしの頬をすり抜けてしまった。触れたい、のにな。

「っつーか、おめえ今朝どこ行ってた」
「神様に呼び出しくらってました」

へへ、と笑ったのはそうでもしないと自分が保てないような気がしたから。「お前、なんかやべえことしたのかヨ」「まっさか〜」内心ぎくりとしたのは、神様の言った代償のことがあるからだろうか。

「ほら、荒北さん!ナイター観ましょうよ〜!ナーイーターアー!」
「ッセ!!……ったく。わーったよ。観りゃいーんだろ、観りゃ」
「やったー!荒北さん、大好きです!」

ずっと言いたかったことはすんなり言えるのに、どうして彼に触れることは叶わないんだろう。




野球を観るのはつい先週ぶりだ。わたしがまだ生きてたころ。わたしは野球部のマネージャーだったから。でもこうして荒北さんと肩を並べて観るのは、はじめてかも。ちらりと横目で荒北さんを捉えると目が合う。う、わ。恥ずかしい。「佐々野ちゃん野球わかんのォ?」「はい!こう見えてもわたし、マネージャーやってたんですよ」「ふうん」お願い、荒北さん。わたしに気付いて、気付かないで。

「荒北さん、野球大好きですもんね」

今も野球、やってるんですか?何でそんなことを聞いたんだろう。答えてほしかったのだ。荒北さんが何で自転車に乗っている理由を。どうして自転車だったのかを。話せるような仲ではないと、分かっていたけれど、話してほしかった。

「やってるヨ」

だから、荒北さんが嘘をついていたとしてもよかったはずなんだ。「嘘つき」でもそう呟いてしまったということは、やはり「はず」の問題だったのだ。荒北さんはわたしを覚えていない。分かっていたつもりだった。覚悟だってしていた。でもだめだった。深夜、わたしは荒北さんに見つからないようにひっそり姿を消した。


141012.