03 綺麗な嘘

朝起きても佐々野を自称する幽霊の姿が見えなかった。だからきっと夢なんだろうと思ってた。午後は大学を休んで地元にチャリで返った。着いた頃、すでに通夜は始まっていた。
誰だか分からない、検討もつかない佐々野の葬式へ出なければならなかったから。黒いスーツを着た俺を見て妹たちは「兄ちゃん、似合わないー」と口を揃えて言った。そんな妹たちも黒いワンピースを着ていて、それは全く似合ってなかった。
黒い額縁に飾られた佐々野の笑顔は昨日見た彼女そのものだった。箱の中には佐々野がいて、なんだか変な感じがした。菊に囲まれた彼女は穏やかに眠っていた。なあ、お前、俺とどこで会ってたんだよ。



泊まっていけばいいのにと渋るお袋の誘いを断って、兄ちゃん帰っちゃうのと悲しそうな顔をする妹たちの頭を撫でて、小さく吠えるアキちゃんの横を通って、アパートへ戻った。
ただいま、と誰もいない部屋に俺の声が響く。「おかえりなさい、荒北さん〜」ひたひたと床を歩く足音にはっと顔を上げる。佐々野がいた。死んだ佐々野じゃなくて、生きてる佐々野が。正確には、幽霊になって俺に会いに来た佐々野が。

「今ナイターやってるんですよ。荒北さん、一緒に観ましょ」
「疲れたからパス」
「えーっ。そんなー!ひどいです」

頬を膨らませながら怒っていることをアピール。そんな彼女の頬に触れるが俺の手は擦り抜けてしまう。そうすると、佐々野はやっぱり、悲しそうな顔をするのだ。

「っつーか、おめえ今朝どこ行ってた」
「神様に呼び出しくらってました」

へへ、と軽く笑う。はあ?呼び出し??「お前、なんかやべえことしたのかヨ」「まっさか〜」またにこにこ笑う。その笑顔がさっき観て来た写真の中の笑顔と似ていて、なんだか気味が悪かった。

「ほら、荒北さん!ナイター観ましょうよ〜!ナーイーターアー!」
「ッセ!!……ったく。わーったよ。観りゃいーんだろ、観りゃ」
「やったー!」

荒北さん大好きです!そう言って、俺の腕に飛びつこうとしたのだろう、両手を広げて、やめた。そんでまた、悲しそうな顔をした。




野球を観るのは久々だった。高校んときはずーっとチャリに乗ってたし、寮のテレビもバラエティやドラマしか観なかった。「佐々野ちゃん野球わかんのォ?」「はい!こう見えてもわたし、マネージャーやってたんですよ」「ふうん」引っ掛かる。野球と、マネージャーと、佐々野奏。

「荒北さん、野球大好きですもんね」

荒北さん、野球大好きですもんね。知っている。俺は、そのフレーズを知っている。どこかで、誰かに言われた。野球、マネージャー、佐々野奏。そして「荒北さん、野球大好きですもんね」の一言。記憶の欠片が一つ一つ、ピースとして収まりかけたそのとき。佐々野の問いによりそれが一瞬完成して、眺める間もなくまたバラバラになった。

「今も野球、やってるんですか??」

…どうする。何て答える?本当のことを??そもそもこいつは本当に佐々野なのか?あの、佐々野?性格が違いすぎる。こんなキャラじゃなかったはずだ。違う、人違いだ。今日死んだ佐々野は今目の前にいる佐々野じゃない。同姓同名だ。そう思い込むことにして俺は答えた。「やってるヨ」。何でそんなことを言ったのか分からない。でも、そう言わないといけないような気がしたんだ。
佐々野は顔を俯き加減にしてぼそりと何か言った。聞き返すといつもと同じ笑顔で言った。

「荒北さんが思い出せたら教えてあげます」


140916.