10 聞こえていますか

多分、もうリミットが近づいてるからだろうとは思う。わたしは最近、荒北さんの前で、わたしの姿を保てなくなっている。
話しかけようにも、それより先にわたしの声は無音になってしまう。出したとしても、それがどんな声かは自分では分からない。あと二日だけなんだから、そんなのは当たり前なんだけど、なんだかやけにつらいし悲しい。生きてないから涙なんて出ないのに、もう死んでるっていうのに胸ばかりがきりきりと締めつけられる感覚だけは分かる。なんだかなあ。こんなんじゃ成仏、できそうにない。でも神さまは、そんなわたしの私情なんて聞いちゃくれないだろう。何より約束があるのだから。荒北さんがわたしを憶えていようと、なかろうと、施行されてしまうのだから。


この期に及んで、新たに知ってしまった気持ちがある。何で今更、死んだあとになって気付いてしまうのだろうか。どんなにそのことを恨んだって、もうあとの祭りだっていうのに。荒北さん。一人、部屋でそっと瞳(瞳なんてあるのかどうかさえももう、分からないんだけど)を閉じた。荒北さん、わたし、あなたのこと好きみたいです。ごめんなさい。ごめんなさい、荒北さん。ごめんなさい。今更気付いちゃって。伝えられなくて。最後まで、多分、迷惑かけちゃうかもしれません。






扉を開く音がして、目が覚める。珍しく姿を保っていられたことを嬉しく思いながら、またいつ消えるかも分からないので荒北さんを迎えに出る。

「おかえりなさい、荒北さん」

いつもみたいにへらへら笑いながら出迎えた。でも荒北さんは、何でか驚いた顔をしている。何でだろう???

「佐々野チャン、俺思い出したヨ」

荒北さんが口を開いて、その言葉を言った先にわたしはいなかった。うそ、なんで。もしかして、わたし、また消えちゃった?

「全部、思い出した。お前は、あのときのマネージャーだろ?」
「荒北さん」
「なあ、どこにいんだよ。姿、見せろよ」

ここにいますよ。腕を伸ばすも、私のそれは虚しく彼の胸板をすり抜けた。「あら、きたさ、ん」顔をあげると荒北さんは、私までびっくりしちゃうくらい驚いた顔をしていた。だから、多分、そういうことなんだろう。なんとなくで分かっていたはずのものが、急に現実味を帯び出した気がして怖かった。荒北さんが慌ててわたしの腕を掴んでくれたけれど、霊体の姿であるわたしに触れることなんて、出来るはずもなく。

「佐々野、ちゃん。その顔、は?」

分かってしまった。今の、自分の顔を。鏡で見るように、荒北さんの瞳に映った自分を見たから。

「多分、わたしあと一日だけ、しかいられないです」

ごめんなさい。言うべきことはいっぱいあった。はずなのに、わたしの身体はまた消えてしまった。




荒北さんの瞳に映った、わたしの顔は半分が墨汁を垂らしたようにどろどろになっていた。


150203.