09 プリズム

おかしい。何がおかしいって、佐々野のことだ。ここ最近、姿が見えないどころか、見えていても途中で消えてしまう。こう、ぶつん、と、テレビの電源が落とされるのと同じ具合に。
瞬きする間に消えるのはまだ我慢出来るとして、目の前から急にいなくなるのはやめてほしい。それを告げようにも、告げる前に消えてしまっては意味がない。意味もなく苛々する状態が続くばかりだ。おかげで待宮のヤローに「彼女と別れたんか」と茶化された。バァカ、彼女なんかじゃねえヨ。思いっきり小突いてやるも待宮はにやにや笑いをやめない。大体佐々野は、そーゆうんじゃないんだから。言わなくて正解だったと思う。待宮に根堀り葉堀り聞かれるのは、嫌な気分しかしない。

「じゃあ振られたんか、エエ?」

どうやら待宮は何が何でも俺と佐々野の関係を恋愛だと決めつけたいらしい。傍迷惑なやつだ。本当に、そんなんじゃないのに。と、頭の中で佐々野の顔がちらちらと踊り出す。生前の佐々野、中学生の佐々野、野球部マネージャーだった佐々野、今の佐々野、幽霊の佐々野、死んだ佐々野……、そこまで想ってはっとする。いやいや……、ねえから。机に突っ伏したのは真っ赤な顔を待宮に見られたくないからだ。俺が、佐々野を好き、とか。そんなことは全くない。図星か?図星なんか、荒北???俺の肩をゆすぶりながら待宮はうるさいくらいに尋ねてくる。ああ、くそ。今更気付くとか、遅すぎだろ。






「おか り さ 荒 さ」

家に戻ると途切れ途切れになった、佐々野の声が聞こえた。若干だが雑音がかかってるようにも思える。相変わらず姿は見えない。でも、声が聞こえるということは。辺りをぐるりと見回しながら口を開く。

「佐々野チャン、俺思い出したヨ」
「………」
「全部、思い出した。お前は、あのときのマネージャーだろ?」
「 らき さ 」
「なあ、どこにいんだよ。姿、見せろよ」
「…………」

佐々野は黙り込んでしまったようで、返事はない。それがやけに悲しかった。ふと俺の胸板をすり抜ける、彼女の白くて透明な腕がかすかに見えた。「あら、きたさ、ん」佐々野の顔を見てぎょっとした。思わず彼女の腕を掴んだが俺の腕はそれすらすり抜けてしまった。

「佐々野、ちゃん。その顔、は?」
「たぶ 、わた あといち に だけ、しか られない す」

ごめんなさい。消え入りそうな声と一緒に本当に佐々野は消えてしまった。そんな状況なのに、俺の頭の中には彼女の顔ばかりが頭にこびりついていた。



佐々野の顔は、半分が墨汁のように真っ黒で、どろどろになっていた。


150203.