案の定小寺は今日も福に負けた(正しくは途中棄権だが)。悔しそうに歯を食いしばりはするものの、決して泣こうとはしない姿に一種の執念すら感じる。今日も真波はそんな小寺にボトルとタオルを渡している。


それにしても小寺と福はどうにかならんものかと考える。普段の学校生活に置いての二人は基本的に仲が良く幼馴染だと思える場面がいくつかある。
今日の昼だって、学食で福が右手を差し出しただけで小寺はその手に塩を置いた。小寺が「あれ」と言えば福は「あれ」を的確に当てるし、逆に福が「あれ」と言えば小寺は「あれ」の内容を話しだす。
ファミレスに行ったとき、小寺がアップルパイを頼み、福はイチゴパフェを頼み、注文の品が来た瞬間トレードしていたのは記憶に新しい(思わずカップルか、と突っ込んでしまった)。

ピリピリするのは決まっていつも部活の時間。小寺が福に勝負を挑み、負けたあとだった。しかも福はそれに全く気付いていない様子(あるいは気付いているのに知らないふりをしている)で、たまに小寺に話しかける。それより前に真波が話しかけていれば喧嘩に発展することはまずない。



「ふざけるな!!」



小寺の突き上げるような、大きな声で現実に引き戻される。何事かと思えば小寺と対峙しているのはこともあろうか福だった。何を言ったんだとはらはらしたのは俺だけじゃないらしい。福の傍にいた荒北も、新開も真波も泉田も、部室にいる全員の目が二人に注ぐ。

「なんでそんなことを言うんだ。私が女だからか?私が男だったら言わなかっただろう?どうなんだ、寿一!」

ついに福の胸倉を掴んだ小寺に荒北と新開が止めに入る。落ち着け、陽香莉。新開に抑えられながらもその腕を振り払おうとする姿が痛ましかった。そのとき、俺ははじめて小寺が泣いている姿を見たわけなのだが、それはきっと俺だけじゃなく、部員全員が見た。

信じられなかった。生理で腹が痛いと疼くまっていたときも、落車して怪我をしても、福のファンからいじめられていたときも、好きな人に振られたと言ったときも、福に負けたときでさえも、さっきのあれでさえも涙を見せなかった小寺が、泣いたということに。


「おめェーら見てんじゃねーヨ!!福ちゃんと小寺チャンは見せモンじゃねえんだぞ!!」


荒北の声すらも、もう俺には届かなかった。ただ小寺が泣いたという、漠然とした規定事実が脳裏に焼き付いて離れなかった。そしてそれは、どうにもこうにも、離れてもらえそうになかった。


140520.