一緒に登ってくれないか。お願いだ、東堂。私を引いてくれ。小寺から直に頭を下げられたのは後にも先にもその記憶が最初で最後だった。ちょっと冗談めかして、東堂様と呼んだら引き受けてやると言えば東堂様、と言い直した。やはり福の幼馴染だ。冗談が通じんとは!笑いそうになるのを必死に抑え了承した。


それから小寺と走ったのは回数にすればたった3〜4回だった。が、トークの切れる俺にかかれば2回目辺りで真波と走らなくなった理由を聞き出すことが容易にできた。


−−真波に、女の子だから頑張らなくてもいいと、言われたんだ



それは小寺にとっては地雷となる言葉だった。ぽつりぽつりと小寺は福と自分の関係について話し始めた。その時気付いてしまった。小寺は泣きこそしなかったが声が震えていたことに。それが何を意味することなのか悟ったと同時に、残酷だとさえ思った。福が報われない、と。そして全て吐き出したあとに小寺は聞き取れるか聞き取れないかの声音で小さく呟いた。



−−男の子になりたかったよ



無視することもできた。けれどその言葉は間違いなく俺の目を見て言われたものだったから、答えねばならなかった。ならなかったのに。どうにも俺の脳味噌は、俺が思ってる以上に出来が悪いらしく、それの正しい返答を選べなかった。俺も真波と同じだと自嘲するより他なかった。


それから泉田や新開にそれとなく聞き出し、スプリンターである小寺がヒルクライムをしようとした経緯、福をどう思っているか等を答えてもらった。そこから弾き出された答えはとてもではないが福に言えるようなものではなかった。だから俺はそのことを福に言うつもりもないし、例え言えと言われたところで絶対に言わないだろう。


いや、そんなことより真波と小寺のほうが先だ(果たして第三者である俺が福と小寺の仲を「そんなこと」で済ませてしまうのには些かの疑問があるが今は置いておこう)。
何とかして仲直りさせなければと俺は試行錯誤した。回りくどい手ではあるが、真波に自覚があるのかないのかを調べるため少しカマをかけてみることにした。

部室で着替え中、それとなく真波の隣に立ち朝の挨拶をするかのようにスマートに、かつ冷静に聞いた。最近、小寺と何かあったのか?そうするとちょっと視線を泳がせた。ビンゴ、当たりだ。これは何かあったなと俺の第六感が告げ、歯切れの悪い回答をした真波にさらににじり寄った。


140517.