私が退部したということは翌日には友人たちや後輩の耳に入っていた。「陽香莉ちゃん、部活辞めちゃったって本当?」「でもロードは続けるんでしょ?」「レースには出るんだよね?」「小寺先輩、もう走らないんですか?」みんな口々にそう尋ねた。あまり答えたくなかったがいつか東堂から「女子からの質問はなるべく答えろ」と言われたのを思い出し答えた。「ああ、本当だ」「まだ決めていない。辞めるかもしれないな」「今のところ出るつもりはない」「どうだろうな」全部曖昧な答えだった。質問した者たちは皆不服そうな顔をしていたが私はそれ以上答える気にはなれなかった。

「おめさんたち、小寺を借りてもいいかい?」
「、隼人」

隼人に肩を抱かれるのは二回目だった。顔が真っ赤になるのが分かる。そんな私を見てか、全然いいよ、大丈夫。口早に言ってみんな去っていった。

「すまない、隼人」
「ん、別にいいよ。これくらい」

食うか?隼人はそう言ってポケットからお菓子を出した。それをやんわり断る。お腹は空くのに、あまり食べる気にならなかった。

「…辞めんの、ロード?」
「……ああ」
「辞められんの?」
「………っ」

辞められるだろうか?わからない。本音を言ってしまえばまだ続けていたい。でも、だめなんだ。けじめをつけなくては、だめなんだ。福富との思い出が、多すぎるから。髪も短くしたし、切り捨てるのにはちょうどいい頃合いだ。

「陽香莉、」
「陽香莉!!」

隼人の声が掻き消された。それほど大きな声ではなかったのに、弾かれるように顔を上げてしまった。きっとまだ、心の奥のどこかで彼を想っていたのだろう。

「……、じゅい、ち」

寿一だ。福富じゃない、寿一がそこにいた。間違いない。私の好きな寿一は生きていた。……本当に?本当にこれは、この人は、寿一なのだろうか?また福富じゃないのだろうか。絞り出そうとした声は彼に腕を握られ音として出ることはなかった。



「好きだ」



気付いてしまった。違う、これは、今私の目の前にいるのは、寿一じゃない。福富だ。私の何がそれを感じとり、そう発信したのか分からない。雰囲気が。オーラが。放つものが。私のフィーリングが。第六感が。目の前にいるのは福富だと言っている。

きっとそうなのだろう。やはり寿一はいなかったのだ。私が作ってしまった虚像なのだ。これで切り捨てられる。諦められる。でも。じゃあ、それなら。



何で私は、泣いているのだろうか?



「……もっと、早く言ってほしかった」



私は寿一が好きだった。


140621.