どうしたんだと言われてしまった。最初は答えるつもりはなく無言でいたら隼人に怒鳴られるようにまた言われた。

「風邪だ。…今朝から体調があまり優れなくてな。熱はないか部活には出たのだが、このざまだ」
「………」

寿一に遅れをとってしまった。まだ間に合うだろうか?彼はまだ、寿一だろうか。福富だとしたら。ああ、嫌だ。すごく嫌だ。そんなもしを考え出したら吐き気がした。


寿一が視界に入った。隣には荒北もいて、その表情は分からなかった。小さく息を飲み、弾かれるように立った。


「頼む、寿一。私はまだ走れる。だから勝負の続きをしてくれ、なぁ、寿一、」


縋るように寿一の手を握った。ああ、大丈夫だ。この手の温かさは間違いなく寿一のそれだ。福富とは違う。少しだけ安心した。握っていたはずの手に、寿一の温度を感じなくなったのに気付いたのは福富が私の手を振り払ったからだと分かった。



「陽香莉、今日はもう上がれ。新開、悪いが陽香莉を連れていってくれ」




世界が、がらがらと音をたてて崩れていった。




次に目の前に広がった視界は寿一が頭を下げていた。ああ、ようやく私の努力が報われたのか。ということは、さっきのあれは白昼夢だったのだろう。悪い夢を見てしまった。今、私の目の前にいるのは見紛うことなく寿一だ。福富なんかじゃない。ようやくだ。ようやく、私は寿一を取り戻せたのだ。これほどまでに嬉しいことがあるだろうか。

今日という日を覚えていよう。寿一が忘れてしまっても、私だけは覚えていよう。そしていつか二人で笑い合うのだ。そんなこともあったよねと。そのとき私は寿一の隣にいて、一番近くにいるんだ。寿一もまた、私の隣にいて、一番近くにいる。若気の至りだと二人で笑うその日を眼前に浮かべただけに、言葉を失ってしまった。と、同時に私は気付いてしまったのだ。


最初から私が恋をしていた寿一という存在はいなかったことに。私の作り上げてしまった虚構ということに。



「今日の勝負は、お前の勝ちでいい」



それは。その言葉は。私の目の前を真っ白にさせるほどの威力を持っていた。真波から女の子なんだからと言われたときや、先輩たちから着替えを覗かれ、盗撮されていたときなんかとは比べものにならないくらいの、何か黒く淀みきった、どろりとした液体が体中に溢れ出し、私を包みこんだ。



ぷっつり。今まで私と福富を繋いでいた糸のようなものが途切れてしまった音が聞こえた。



「ふざけるな!!」



140618.