はじめて小寺さんに一緒に登ってくれないかと頼まれたときはびっくりした。小寺さん、スプリンターじゃなかったんですか?目を丸くして聞くとオールラウンダーになりたい、とのこと。山が苦手だから矯正したいんだと、いつもよりちょっと高めの声が耳をくすぐった。

スプリンターなのに、何でオールラウンダーなんかに。一瞬考えたけど答えはすぐに分かった。福富さんだ。小寺さんは福富さんと対等に渡り合いたいと思っているということは何度も何度も勝負を挑む姿勢から手にとるように分かる。
ああ、この人はきっと福富さんにだけは負けたくないんだろうなと思った。よくいえば負けず嫌い、悪くいえば視野が狭い人なんだろうとさえ思ってしまった。だって、そうだろう?福富さんより強い人なんて、多分、探せばいるはずなのに。福富さんにこだわり続ける理由は一体何だろう?ぼんやりとそんな疑問を抱えながら、いいですよとその誘いを了承した。


それから二、三ヶ月は自主練のときも、それ以外のときも。暇と時間さえあれば(校内で小寺さんが見つかれば二人して授業をサボって)二人で登った。引いて引かれて、でも確率的には俺が引くときのほうが多かった。


確かあれは、2限の数学をサボったときのことだったと思う。初夏の風が鼻腔をつく中、小寺さんを引いていたのはやっぱりオレだった。
後ろからゼエゼエと苦しそうに息をしながらペダルを踏み続ける小寺さん。そんな彼女に思わず言ってしまった言葉と、それを聞いたときの小寺さんの顔を今でも鮮明に思い出すことができる。

多分、その言葉が彼女にとっての地雷であり、コンプレックスであることに気付かなかったオレは馬鹿なんだろう。それでも小寺さんの身になって、ちょっと考えれば分かることだったはずなんだ。


その言葉を口にした瞬間。まさに一瞬だった。一瞬にして世界が動きを止め、音がすべて消えた。ようやく元の世界に戻ったときは小寺さんの目からは涙が溢れていた。そして泣きながら、オレを真っ直ぐに見つめながら言うのだ。


−−真波ならそんなこと言わないって、思ってた


そのときの小寺さんの口調は福富さんみたいなんかじゃなくて、そのときの小寺さんの性格は新開さんみたいなんかではなくて。


そのとき、オレははじめて等身大の小寺さんに触れることが出来たような気がした。福富さんも知らないような、等身大の、本物であって本当の小寺さんに。


140513.