スプリンターからオールラウンダーになろう。ふと思ったのは高二の頃。そうしたら、きっとまた寿一は「幼馴染」に戻ってくれる。「腐れ縁」の福富はどこかへ消える。私の、大好きな「幼馴染」の寿一が現れる。信じて疑わなかった私は早速ヒルクライムに挑戦してみた。でもダメだった。呼吸が乱れるし、心拍数も安定しない。こんなんじゃだめだ。寿一はずっと寿一にはならないで、福富のままだ。腐れ縁のままだ。

何回、何十回、何百回と福富に勝負した。でも、そのうちどれか一回でも彼が寿一になることはなかった。待って、寿一。置いていかないで。一人にしないで。どんなに必死にペダルを回せど回せどついていけない。追いつかない。それでも私はひたすら回した。そうするよりほかに、寿一を取り戻す方法を知らなかったから。


もう何回負けたか分からなくなったある日。ぐずぐずと愛車を引いて大好きな平坦道を走っていた。人通りが少なく、静かなそこで私はいつも泣いている。泣きながら、嗚咽しながらペダルを回す。人知れず静かにひっそり。寿一にだけは泣き顔なんて見せられなかった。見せたくなかったし、見せるつもりもなかった。寿一からすれば私は「負けず嫌いの可愛げのない幼馴染」として映っていたはずだ。

(寿一、寿一。苦しいよ、つらいよ。何で私は寿一の傍にいられないの??)

女の子になんて生まれなきゃよかった。男の子になりたかった。そうすれば寿一と走れる。置いていかれる心配も、追いつかなくなる不安も、何もなくなるのに。そう思うとまた涙が溢れてきた。ねえ、寿一。私、大丈夫じゃないんだよ。気付いてよ。


−−陽香莉、


後ろから聞こえた隼人の声に弾かれるように振り向く。冷静になって、恥ずかしいと思った。隼人。絞り出した声が震えているのに、気づかれただろうか?

−−い、いつからそこに……
−−陽香莉が泣き出したときから

うわ、見られてた。恥ずかしい。顔に熱が集まって、真っ赤になるのが嫌でもわかる。寿一には言わないでくれ、お願いだ。ぱくぱくと口を動かすだけで、その言葉が音を発することはなかった。

−−俺でよかったら、弱音でも吐いてくれよ
−−……気持ちは有難いが遠慮しておこう……

隼人はそんなことをしないと分かっているが寿一に筒抜けになる可能性がある。寿一にとって私は「負けず嫌いの可愛げのない幼馴染」なのだから、それ以上になっても以下になってもダメなのだ。

−−寿一には絶対言わないさ。俺は、陽香莉。おめさんの力になりたい

そうだとしても。私は以上にも以下になってもダメだから。隼人には悪いと思いつつ、首を横に振った。


140616.